
今回はアセトアミノフェン(Acetaminophen)とアドレナリン(Adrenaline)、ペチジン(Pethidine)のお話だ。国によって薬の名前が変わる。
コロナ渦以降、日本でもアセトアミノフェンが解熱鎮痛としてポピュラーになった。日本ではアセトアミノフェンの商品名はカロナールだ。以前は鎮痛剤というとロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム)が国内では一般的だった。ロキソニンは「第一三共(旧・三共)」が1986年に日本で初めて開発した薬だ。日本製ということもあって、ロキソニンの解熱鎮痛剤のシェアは国内第一位だった。カロナールも使われていたが、もっぱら小児用の鎮痛剤と言うイメージがあった。
一方、国際的にみると解熱鎮痛剤のシェアはアセトアミノフェンがナンバー1だ。米国ではアセトアミノフェンはタイレノールと言う商品名でよばれている。米国に留学していたとき解熱鎮痛剤と言えばタイレノールのことだった。その当時はついぞタイレノールが日本のカロナールとは思いもしなかった。
これがヨーロッパに行くとアセトアミノフェンは突然パラセタモール(paracetamol)になる。一度、インドネシアにJICAの専門家で行った時にエッシェンシャル・ドラッグ・リストにパラセタモールが出てきて何の薬かと思って調べたことがある。「な~んだアセトアミノフェンのことじゃないか」と思ったことがある。インドネシアはオランダの植民地だったこともあり、ヨーロッパ風のパラセタモールと呼んでいた。
ヨーロッパと米国で呼び方の違う医薬品の例にアドレナリン(Adrenaline)とエピネフリン(Epinephrine)がある。ヨーロッパや日本ではアドレナリンだが、アメリカではエピネフリンと呼ぶ。もともとアドレナリンの単離と命名には、日本人が関わっている。1900年、高峰譲吉(たかみね じょうきち)博士が、アメリカで副腎髄質からアドレナリンを初めて結晶化することに成功した。これは世界初のホルモンの単離とも言われていて、まさに医学史に残る大発見だった。ただちょっとややこしいのがその後の展開だ。1901年にアメリカの化学者ジョーク・アベルが、商品名としてアドレナリンを登録し、製薬会社パーク・デイヴィス社が製品化した。しかし一方、アメリカでは後にアドレナリンの一般名をエピネフリンにした。これは副腎(epinephros)に由来するラテン語ベースの名前だ。
こうした理由でアドレナリンとエピネフリンと言う二つの名称で呼ばれるようになった。日本人だったらやっぱり高峰譲吉が名付けたアドレナリンを使いたいものだ。
あと鎮痛剤でイギリスではペチジンと呼ぶのに、米国ではメペリジンと呼ぶ薬がある。このようにイギリスと米国で異なる呼び方の薬も多い。ちなみに日本ではイギリスと同じようにぺチジンと呼んでいる。麻薬伝票に書くのはもっぱらペジジンだ。
どうしてこのように国によって名前がちがうのか? 実はこれを統一しようと言う動きもある。薬の一般名には世界保健機関(WHO)が定めた国際的な一般名であるINN(International Nonproprietary Name)があり、イギリスや日本など多くの国はこれを採用している。例としてはパラセタモール、アドレナリン、ペチジンなどだ。一方、米国はUSAN(United States Adopted Name)という米国独自の命名体系にこだわっている。例としてはアセトアミノフェン、エピネフリン、メペリジンだ。
歴史的には、各国が独自に薬の名前をつけていた時代があって、その名残が今も残っている。これをWHOは国際的に統一しようとしている。ところが米国は独自の名前を変えたがらない。ヨーロッパではメートルや摂氏が一般的だが、いまだに米国ではマイルや華氏だ。
トランプ政権になってメキシコ湾をアメリカ湾と呼び変える国だ。なかなか薬の名前の統一もやっかいだ。でも日本でもINNに従えばアセトアミノフェンはパラセタモールと呼ばなくてはならない。これもアセトアミノフェンに慣れた身にはなじみにくい。当分、薬の名前の標準語と方言で使い分けしなければならない。
