
59歳の高齢女性が外来に来られた。「ご主人の急死から急に息苦しさと動悸が続くようになった」と言う。最初は「伴侶の死によるパニック障害かな?」とも考えた。しかし心電図をみると陰性T波も見られる。ただ心筋梗塞のマーカーのCKやトロポニンは上昇していない。急患当番の梶谷先生に診てもらったら「たこつぼ心筋症の疑い」だという。
たこつぼ心筋症は別名「ブロークン・ハート症候群(broken heart syndrome)」ともいう。感情的なショックや身体的ストレスなどの強烈なストレスをきっかけに、一時的に心臓の一部がうまく動かなくなる心筋の病気だ。心臓の左心室の先端の心尖部が風船みたいに膨らんで、根元の方の心基部はギュッと縮んだままになる。その形が、日本のタコつぼ(蛸壺)にそっくりだから、そう呼ばれている。原因はストレスからアドレナリンなどが大量に分泌されて、心臓に一時的なダメージを与えると考えられている。
ご主人の急死という深い悲しみ――その心の衝撃が、まるで波のように心臓に押し寄せて、一時的にその動きを止めてしまう。まさに「心(こころ)が張り裂けそう」という言葉が、ブロークン・ハート症候群のいわれだ。心臓はただの機械ポンプではない。感情の波をまともに受け止め、同時にその波に揺さぶられる。感情に翻弄される臓器なのだ。
さて「ハート・ブレーキング・ソリアシス(heartbreaking psoriasis)」という疾患もある。これは乾癬(かんせん)のことだ。一目見ただけで百年の恋も冷めるという皮膚疾患だ。なんとも身もふたもない病名だ。
