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健康とはレジリエンス


 今や、世界保健機構(WHO)の「健康の定義」も見直しの時期だ。1946年のWHO憲章ではその前文で「健康」を以下のように定義している。「健康とは、身体的、精神的、社会的に全てが『完全に良好な状態』であり、単に病気がないとか病弱でないということではない」。

 しかしこの定義は戦後まもなくの、まだWHOの加盟国も若く元気だったころの時代の定義だ。だから「完全に良好な状態」を健康としたのもうなづける。

 しかし今日の日本のように世界第一位の超高齢化国では、病気や障害、そしてその不安からまったく無縁で完全に良好な状態で生活している人の方が少数派だ。2014年に厚労省が行った5000人のインターネット調査でも6割の人が「健康に不安」を抱えていることが判った。具体的には「体力が衰えてきた」「持病がある」「ストレスが溜まる、精神的に疲れる」「歯が気になる」「がんに罹るのが怖い」、「心筋梗塞、糖尿病などが怖い」など。

 WHOの事務局長だったマーガレット・チャンも以下のように言っている。「障害は人生の一部です。私たちのほぼ全員が、人生のある時点で、永続的にあるいは一時的に障害を負うようになるでしょう」。このように健康と疾病や障害とは人の一生のなかで、次々と変化する空模様のようなものだ。ある時は健康で、ある時は病気となり、ときには障害を持ち、そして老いていくのが人生である。

 こうした中、健康の定義を見直そうという運動が始まっている。オランダの女性医師マフトルド・ヒューバーらは、「高齢化や疾病構造が変化している現代では、WHOの定義は望ましくない結果を生む可能性もある」として新たな健康定義の開発に取り組んでいる。彼女らは「健康は状態なのだろうか、能力なのだろうかー健康の動的コンセプト」という国際学会を開催し、以下のような新たな健康概念を提案している。それが「復元力(レジリエンス)」という概念だ。復元力とは「個人が社会的・身体的・感情的な問題に直面したときに、困難な状況に適応し、対処する能力」とし、それこそが「健康」の定義であるとしている。つまり疾患や障害やそれに伴う日常生活の困難があっても、医療や介護・福祉の支援の力の後押しを受け、人生を前向きに歩いて行けることこそが健康であるとした。

 なるほど人間ほど傷つきやすく脆弱極まりない存在はない。しかし人間は一方では実にしぶとい復元力をその内に秘めている。疾病からの自然治癒力、障害への適応力と回復力、そして生活の再構築力などである。医療や介護・福祉は実はこうした人間に本来備わっている復元力を邪魔しないで、最大限にその持てる力を引き出すことこそがその使命だ。

 今や「完全な健康な状態」などの虚構の概念にまどわされず、あるがままの人間を見つめ、その復元力を信じて、その人の自律的な生活を切り開くための援助こそが医療や介護・福祉の役割と言えるだろう。そろそろWHOの健康の概念も見直しを行う時機だ。

 

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