
マンジャロ(GLP-1/GIP)やリベルサス(経口GLP-1)が糖尿病治療に革命をもたらした。これらの糖尿病薬はインクレチンと呼ぶ。インクレチンは腸から分泌されてインスリンを放出させる消化管ホルモンの一種だ。
実はホルモンの最初の発見は腸から発見されたセクレチンだ。1902年、イギリスの生理学者ベイリスとスターリングによって「セクレチン」が発見される。この発見は、生物学・医学の歴史を塗り替える大発見だった。それまで「体内の情報はすべて神経が伝えている」と考えられていたからだ。血流を介して他臓器に情報を伝える「ホルモン(内分泌)」という新しい概念を生み出したのがセクレチンだった。
まずセクレチンの発見を見ていこう。20世紀初頭、生理学の歴史はロシアの偉大な科学者イワン・パブロフから始まった。あのベルを鳴らすとだらだらと唾液を流すパブロフの犬のパブロフだ。パブロフは、犬にベルの音と同時にエサを与えることを繰り返した。すると犬はベルの音だけでよだれを流すようになる。この反応は脳や神経を介して唾液腺が刺激されて唾液を流させるという神経反射だ。
またパブロフは、胃から十二指腸に酸性の食塊(消化中の食べ物)が送り込まれると、膵臓から膵液(消化液)が分泌される現象も突き止めた。この反応も「神経による反射」だと考えた。
ところがこのパブロフの考えに疑問をもった学者がいた。1902年1月のある日、英国のベイリスとスターリングは、このパブロフの理論を検証するため、麻酔をかけたイヌを使って実験を行った。彼らは、十二指腸へとつながる神経をすべてきれいに切断した。もしパブロフの言う通り「神経反射」であるなら、神経を切った状態の十二指腸に酸を入れても、膵臓は反応しないはずだ。ところが酸を注入した直後、誰もが予想しなかったことが起きた。神経が完全に断たれているにもかかわらず、膵臓からドバドバと膵液が分泌された。「神経が通っていないのに、なぜ膵臓は酸が来たことを知ったのか?」 二人は強烈な衝撃を受けた。
スターリングは即座にひらめいた。 「神経ではない。十二指腸の粘膜が酸に触れたことで何らかの化学物質が作られ、それが血液に乗って膵臓に運ばれ、分泌を促したのではないか?」この仮説を確かめるため、彼らはすぐに次の実験に取りかかった。十二指腸の粘膜の抽出液をイヌに注射した。するとなんと、イヌのすい臓から膵液が分泌された。これによって神経ではない血流中の物質を介して情報が伝達されたことが証明された。この物質を彼らはセクレチンと名付けた。このセクレチンが最初に発見された「ホルモン」となる。
このスターリングの実験を著者は新潟大学の大学院生のころ解剖学教室の藤田恒夫教授の手伝いをしていたとき、目の当たりにした。麻酔をかけたイヌの膵管に細いチューブを挿入して膵液の流れを作る。このとき十二指腸に希塩酸を垂らすと、あと言う間に膵管チューブのなかを膵液が走り出す。十二指腸粘膜からセクレチンが放出されたのだ。
さらにこの腸の抽出物質には血糖値を下げる物質も含まれているのではないかと考えた学者がいる。1906年、リヴァプール大学のムーア、エディ、エイブラムの3人は、セクレチンの発見に刺激を受け、「腸には消化液(外分泌)を出させるだけでなく、血糖値を下げる別のホルモンもあるのではないか」と考えた。実際に、彼らは十二指腸の粘膜から抽出した液(酸抽出物)を糖尿病の患者に投与する実験を行った。すると患者の尿糖が消失し、体重が回復したことを報告した。これがインクレチンの始まりだ。
インクレチンという言葉を初めて作り、命名したのは、ベルギーの生理学者であるジャン・ラ・バール(Jean La Barre)教授だ。1932年に彼が発表した論文の中で初めてこの単語インクレチン(フランス語で incrétine)が使われた。ラ・バールは、腸の粘膜から抽出した成分の中に「胃酸の分泌は抑えるけれど、膵臓を刺激して血糖値を下げる、つまりインスリンを出させる物質」があることを突き止め、それにこの名前を与えた。
このようにしてラ・バールによって華々しく命名されたインクレチンだが、実はその直後、1940年前後にアメリカの高名な研究者たちから「そんなホルモンは存在しない(ただの実験エラーだ)」と激しく否定した。このため医学界から一度完全に忘れ去られるという悲劇の歴史をたどる。
再びインクレチンに光が当たるのは、それから約30年後の1960年代、血中のインスリンを正確に測る技術(RIA法)が開発されてからだ。「口から糖を飲むほうが、注射で血管に糖を入れるよりインスリンが大量に出る!やっぱり腸に何かある!」ということが言われ始めて、インクレチン効果の再発見がなされる。
最初に単離されたインクレチンがGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)、そしてインクレチンのGLP-1(グルカゴン様ペプチドー1)も単離される。そして腸内にこれらのインクレチンを産生する細胞も見つかる。GIPはK細胞から、GLP-1はL細胞から分泌されることが分かる。ちなみにセクレチンを分泌する細胞はS細胞と呼ばれる。これらの細胞を発見し分類したのが、イタリアのゾルチア、イギリスのピアースだ。そして蛍光抗体法を使って、どの細胞がインクレチンを出すのかを証明したのが、イギリスのポラクらだ。
実は前述の新潟大学医学部の藤田恒夫教授や小林繁助教授らは電子顕微鏡を使って、これらの細胞の微細形態を明らかにした。当時、著者はこの藤田教室の大学院生だったので、この間の事情を昨日のように思い出す。藤田教授は言う「腸内分泌細胞の特徴は消化管内に微絨毛を張り出し、舌の味蕾細胞と同じように消化管内容物のセンシングをしている。そして内分泌顆粒をお尻から血液内に放出しているのだ」。
こうして藤田教授は消化管内分泌細胞の国際会議を日本で行った。前述の腸内分泌細胞の研究者が日本に集まった。その当時はこうした研究がインクレチンとしてこれほどまでに臨床応用されるとは思ってもみなかった。
インクレチンを臨床で使うたびに、1970年代の消化管内分泌細胞の研究者たちの熱気を思い出す。
