
「あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。」(マタイによる福音書 18章12節、新35p)
この聖書の逸話はコスパを重んじる効率主義の理論とは真逆ではないだろうか?99人のために1人を切り捨てるのが効率主義の倫理なら、聖書は「見捨てられそうな、最も弱い立場にある1人をどこまで大切にできるか」を問いかけている。なぜだろうか?
実は、これは現代医学においてはいわゆる「希少疾患」に対する医薬品の開発を行う理論に通じている。こうした希少疾患に対する薬は「オーファンドラッグ」と呼ばれている。オーファンとは孤児のことだ。オーファンドラッグとは、患者数が少なく製薬会社から開発を見捨てられた孤児のような薬と言う意味だ。患者数が少なければ、開発したとしても製薬会社はその開発経費を回収できない。こうした薬に対しては、国が税金からの助成金交付、税制優遇、独占販売期間の延長などの特権を与え、市場の論理とは別に開発を促す仕組みがある。
なぜ国はこうしたオーファンドラッグ開発を推奨するのだろう。その論理はまさに迷いだした1匹の羊を探しに行く理論だ。その理論の背景には以下のような事実がある。たとえば高コレステロール血症の特効薬「スタチン」などは、もともと「家族性高コレステロール血症」という、若くして心筋梗塞を起こしてしまう極めて稀な遺伝性疾患の患者の研究から始まったのだ。この研究からコレステロールが体内でどう代謝されるかの仕組みが解明されたことで、その他大勢の人を救うスタチンが発見される。つまり迷える羊を探しに出た行為が実は残り99匹を助ける光となったのだ。
オーファンドラッグの研究は、決してその1人だけで完結することはない。医療の歴史において、希少疾患(難病)の解明が、何千万人もの患者がいる一般的な病気の治療法や、医療全体のゲームチェンジャーとなる技術を生み出すケースは非常に多い。 迷える子羊が人類を救うと言ってもよい。
