
40年も昔のことだ。筆者が旧厚生省の留学でブルックリンにあるニューヨーク州立大学の家庭医学科で研修をしていたころの話だ。米国には「家庭医学科(ファミリー・プラクティス)」と言って、家庭医を養成する専門コースがある。家庭医養成コースはさまざまな専門科をローテンションして、幅広い知識と経験を身につけることに主眼が置かれている。
家庭医療科では、午前中は家庭医療外来センターでの外来患者を診て、午後からいろいろな診療科のローテーションを行う。家庭医療科の外来の診察室ではお年寄りを診ることが多い、あるとき90歳近いロシアからのユダヤ人移民のおばあさんが診察室に来られた。診察を終えて雑談になったとき、わたしが日本人だと気づいたおばあさんが「ところでお国のエンペラーが、ご病気のようですが・・・」という。
ちょうどそのころ昭和天皇が入院したことがニューヨークタイムスでも報道されていた。「日露戦争のことは子供心にも覚えている」という。帝政ロシアで迫害を受けてニューヨークに逃れてきたユダヤ人としては、そのロシアを打ち負かした日本がよほど強烈な印象としてのこっているのだろう。
ブルックリンにはこうしたロシヤや東欧から逃れてきたユダヤ人が多い。中でもユダヤ教の正統派のユダヤ人も多い。こうしたユダヤ人はユダヤ教の戒律を厳格に守っていて、夏でも黒いマントと黒いつば広の帽子をかぶっている。もみあげを伸ばして三つ網にしているのも特徴だ。小児科をローテーションしたとき、こうした黒装束のユダヤ人数人が新生児室に入ってきて、赤ちゃんの周りを取り囲んでいる。近くにいた看護師に聞いたら、なんと生後8日目の新生児の割礼を行う儀式だという。
大学病院のあったクラークソン通りの近くにクラウンハイツという正統派のユダヤ人が多く住む街がある。その街を歩くと、いたるところにコーシャ食材を売るお店が立ち並ぶ。コーシャ食材はユダヤの戒律のもとに作られた食材だ。コーシャ食品にはちゃんとラビが認証したハンコが押してある。
ブルックリンというと、この正統派ユダヤ人を思い出す。クラウンハイツのコーシャ食材店はいまでもユダヤ人でにぎわっているのだろう。
