
イチョウの学名はginkgoだが、これはginkyo(銀杏)の誤植がそのまま定着して、学名になったものだ。17世紀末に長崎に滞在したドイツ人医師 エンゲルベルト・ケンペルが銀杏の日本語をローマ字転写した。。彼が書いたのは ginkyoだった。これが印刷時に “y” が “g” と誤読され、ginkgo となった。ケンペルの原稿の “y” が “g” に見えたため誤植が発生し、 印刷物では ginkgo と誤って組まれた。この誤植をリンネが学名として採用し、国際的に用いられるようになった。
こういう例は医学用語にも多い。
Vitamin(ビタミン)の語源は、生命のアミン(vital amine)から、vitamine と命名された。後にアミンではないビタミンも多いと判明したが、語はそのまま残った。
Typhus(発疹チフス)はギリシャ語 typhos(煙・ぼんやり)を誤って typhus と綴った写本が医学ラテン語に流入したものだ。
インフルエンザ(influenza)は「星の影響(influence)」という誤解から派生した語が、病名として定着した。
Rubeola(麻疹)はラテン語 rubeus(赤い)から派生したが、写本で綴りが揺れ、rubeola が固定した。
解剖学用語にも誤植は多い。Islets of Langerhans(ランゲルハンス島)の原綴りは Langerhanだが 印刷時の Langerhans が標準化した。Eustachian tube(耳管)はEustachio の綴りが Eustachius と誤記され、英語医学語で Eustachian が定着した。
Fallopian tube(卵管)はFalloppio → Fallopius → Fallopian と綴りが誤って変遷し、最終形が固定した。Achilles tendon(アキレス腱)はギリシャ語 Akhilleus がラテン語写本で Achilles と誤記 されて、 英語医学語に定着した。
誤植はいろいろな段階でおきる。異なる言語の翻訳時に起きる。写本の段階で起きる。活字を選ぶ段階で誤植が起きるなど、さまざまだ。できるだけオリジナルに立ち返って訂正する努力は必要だ。けれど誤りは「人の常」。誤りも承知の上で継承していくのが文化なのだろう。
といっても誤植は恐ろしい。本のゲラの校正で、誤植さがしをさんざんして、「これで大丈夫!」と思って、出版社に送る。そして真新しい初版が送られてきてページをめくったときに誤植をみつけて青くなる・・・という夢をいまだに見る。
