
2022年4月の民法改正で医師資格年齢が20歳から18歳に引き下げられたことをご存じだろうか?あまり大きなニュースにもならなかったので、覚えている人は少ない。医師不足のため医師の資格年齢引き下げを行ったわけではない。
これは同年、民法で未成年規定が20歳未満から18歳未満に切り下げられたことに由来する。これにより選挙権は20歳以上だったのが、18歳以上になった。ただしタバコや酒は20歳以上に据え置かれた。
さて医師になれるのは18歳以上と言っても、実際には18歳で医師になることはできない。医学部が6年制であること 日本の医学部は、高校を卒業したあと医学部で6年学ばなければ国家試験を受けられないことによる。どんなに飛び級や優秀な成績であっても、日本の一般的な医学部教育において、この6年間の在籍要件を短縮することはできない。このため通常のコースでは医学部を卒業するのは24歳ごろだ。
ところが第二次世界大戦中は医学部の繰り上げ卒業により数か月から1年以上卒業が早くなり、国家試験もなしで医師資格が与えられるようになった。また大戦中には戦時特例で医学専門学校(医専)も数多くつくられ3年間で医師となれた。こうした状況では21歳卒業、あるいは早生まれでは20歳で卒業ということもあった。
話はかわるがブラックジャックでおなじみの手塚治虫も戦時中の大阪大学大阪帝国大学附属医学専門部(3年制の医専)の卒業だ。一度、手塚治虫が博士論文で書いたタニシの精子の電子顕微鏡写真の精密なスケッチをみたことがある。超細密画でビックリしたことを覚えている。手塚治虫のブラックジャックからも、医師だった手塚治虫の本骨頂が見て取れる。
この手塚治虫が3歳の年齢詐称をしていたことが話題になったことがある。手塚治虫の実際の生まれは1928年だが、公式プロフィールでは1925年生まれと、実に3歳もサバを読んでいた。手塚が卒業したのは、戦時中の3年生の医専だった。しかし、彼は自身の経歴を名乗る際、エリートコースである「旧制浪速高等学校から大阪大学医学部(学部・本科)へ進学して卒業した」という経歴を名乗っていた。もし本当の年齢(1928年生まれ)のまま「旧制高校を経て本コースの大学医学部を卒業した」と主張すると、年齢的に計算が合わなくなってしまう。このため学歴のストーリーに実年齢を合わせるために3歳も年を盛っていたのだ。
この事実は手塚治虫の死後に発覚するのだが、今にして思えばマンガの神様も学歴に対してちょっぴりコンプレックスがあったのかもしれない。
