
2018年の夏休みを利用してパリの国立緩和ケア・終末期研究所を訪れた。訪問したのは8月末だったが、パリはすでにマロニエが色づき、初秋の雰囲気だった。研究所の所長のフォーニエル先生(写真)からフランスの緩和ケア・終末期医療の現状のお話をお聞きした。
さてヨーロッパではオランダとベルギーにおいて、安楽死法が2001年、2002年にそれぞれ成立した。またスイスでは長年、患者の死を積極的に早めるために薬を投与する医師による自殺幇助が暗黙のうちに認められている。こうした状況変化を背景にヨーロッパ連合(EU)でも2003年にEU各国での終末期医療や緩和ケアについての法制化について勧告を打ち出した。
これを受けてフランスでも、2005年にまず終末期患者の権利に関する最初の法律である「レオネッティ法」が制定された。この法律は終末期に対してフランスの人々が表明している不安にこたえるものであった。つまり、苦しむことへの不安、自分の意思を表明できないことへの不安、侵襲的で過剰な治療を受けることへの不安、見捨てられ孤独のうちに死んでいくことへの不安である。
このため「レオネッティ法」は患者の意思の尊重、患者の代理人の必要性、人間の尊厳、痛みの緩和、治療の中止や治療の拒否の際は必ず緩和ケアが伴っていなければならないという原則に基づいて作られた。しかしレオネッティ法が施行されても、フランスでは安楽死をめぐる問題は依然として残った。たとえば、悪性腫瘍による顔面の変形と激痛に耐えかねた女性患者が、2008年に裁判所に安楽死の許可を求める申請を行ったが、裁判所はその請求を棄却する。その2日後に女性は大量の睡眠薬を服用し自殺する。
この不幸な事件をきっかけに安楽死に関する議論が再燃した。前法であるレオネッティ法を策定したジャン・レオネッティ議員(保守党)とアラン・クレス議員(社会党)が中心となって前法をより強化した新法が2016年に超党派で成立する。それがクレス・レオネッテイ法である。クレス・レオネッティ法は、前法のレオネッテイ法と同様に安楽死や自殺幇助は認めてはいない。前法との相違点は、次の2点にまとめられる。①ターミナル・セデーションの合法化、②事前指示書の内容の充実と強化。①は終末期患者の持続的で深いセデーション、いわゆる「ターミナル・セデーション」の合法化である。前法では、一時的なセデーションは認められていたが、新法では、死に至るまでモルヒネ等を用いた持続的で深いセデーションが合法化された。
さて振りかえって我が国の現状はどうだろう。まず終末期の患者の権利に関する法律もまだないのが現状だ。日本尊厳死協会(岩尾總一郎前理事長)では、意識喪失後も、人工呼吸器などでの強制的延命を拒否する、 生前の意思表示(リビングウィル)を登録する、「尊厳死法」の制定を求める運動をしている。しかし尊厳死法はいまだ成立していない。現在あるのは厚生労働省が2018年3月に公表した「人生の最終段階における医療の決定プロセス(ACP)に関するガイドライン」のみである。
さてお隣の韓国で2018年2月から、終末期患者の延命医療中止等を法的に認める「ホスピス・緩和医療および終末期患者の延命医療の決定に関する法律」(延命医療決定法)が施行された。同法は、終末期患者の延命医療の中止決定を含む患者自己決定権を保障する法律だ。この法律施行後、4カ月間で、高齢者ら約8500人の延命治療が取りやめられたという。
わが国では2030年に団塊世代の大量死亡時代を迎える。そのとき年間総死亡者数は160万人に達する。そろそろわが国も終末期における患者権利法の国民的議論に向き合う時だろう。