
図表1 厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
「天の下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある」(コヘレトの言葉、第3章1節)
2022年10月、国の医療DXの推進本部が総理を本部長としてスタートした。岸田政権のときである。以来、3年が過ぎた。推進本部は当初より「医療DX令和ビジョン2030」(以下、令和ビジョン)掲げている。この連載コラムではまず、令和ビジョンのポイントを以下に見ていくことにする。「電子カルテ情報共有サービス」、「HL7FHIR実装の電子カルテ」、「PMH(自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤)」、「診療報酬DX」、「電子処方せん」。
令和ビジョンの底を流れるコンセプトは「クラウドネイテイブ」だ。クラウドネイテイブとはすべてがクラウドで繋がることを前提とする考え方だ。以下、順次見ていこう。
1 電子カルテ情報共有サービス
まず一つ目のポイントは電子カルテ情報の共有だ。電子カルテから抽出した一部の情報を支払基金のサーバーに蓄えることで全国の医療機関が電子カルテ情報を共有することができる。各医療機関の電子カルテ情報から抽出する情報は以下の3文書、6情報だ。3文書とは健診結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリーであり、6情報とは傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報である。これらの情報を支払基金のオンライン資格確認等システムに送り、保険者、医療機関、患者が電子的にクラウドで共有できるようにする(図1)。
さらにコロナパンデミックの渦中におきた情報連携における目詰まりの反省から、次なる感染症発生時において、感染情報もこの電子カルテ共有サービスに搭載することになった。これにより感染症発症の際に、厚労大臣が電子カルテ共有情報の感染症情報の取得を可能にする仕組みも作ることになった。
2 遅れている電子カルテ化
しかし肝心の電子カルテ化が遅れている。情報の共有システムのインフラとなるのは医療機関での電子カルテ化だ。2023年現在、一般病院で65.6%、一般診療所で55%と言う状態だ。「医療DX令和ビジョン2030」では、電子カルテの普及率を「2030年までに100%にする」という目標が掲げられている。あと5年で本当に100%達成は可能なのか?
そして令和ビジョンでは電子カルテのクラウド化を強力に推し進めようとしている。現在のクリニックを始めとした医療機関では情報システムについては院内にサーバーやネットワーク機器、ソフトウエアを保有するいわゆる「オンプレミス型」が採用されている。オンプレミスのプレミスとは敷地や施設を意味する言葉だ。このためオンプレミスとは敷地内や施設内と言う意味だ。これに対してこれからは、上記のすべてを外部に保有する「クラウド型」が取って代わって行く。
オンプレミスの課題はこれらの設備や人員を自前で院内に準備する必要がある。またサイバーセキュリテイ対策も自前で行う必要がある。また診療報酬改定時のシステム改定作業も自前で行う必要がある。また今後の生成AI等の最新技術やサービスを取り入れるなどの機能拡張も自前で行わなければならない。生成AIにより支援を受けるスマートクリニックの世界は目前だ。
こうしたオンプレミスの制約を取り除く決定版が、外部にこれら電子カルテやレセコン、部門システムを一体的に移管する「クラウド型」の導入だ。クラウド型であれば、院内にそれまでの医療情報システムと設備・人材を抱え込むことがなくなり経費の節減につながる。さらに診療報酬改定時のカスタマイズ作業や生成AIなどの機能拡張も低費用で行えるだろう。
一方、クラウド化にも課題はある。クラウド化にあたっては初期費用がかかる。しかもその後はクラウドサービス利用料が発生する。これらについては次回の連載以降、補助金の利用について解説していく予定だ。
3 HL7FHIR(エイチエル7ファイアー)
さらなる課題は現状の電子カルテがクラウド接続ができる仕組みになっていないことだ。1990年代から、米国を中心とした先進各国では、電子情報の交換規格、すなわち異なるシステム間で交換される情報の形式の構造および内容を定義した「メッセージ規格」の標準化が進んだ。
わが国はこの国際的な情報交換規格の標準化に制度面から乗り遅れた。たとえば米国の団体であるHL7(Health Level Seven)協会が医療情報の標準化活動を開始したのは1987年である。HL7とは、患者情報、検査オーダー、検査報告などの臨床情報や管理情報を、異なるベンダーのシステム間でもやり取りができるように取り決めた国際的な標準規格だ。
このHL7とは医療情報システム間の国際的な情報交換規格、ISO-OSI第7層の「アプリケーション層」のことだ。そして2012年、HL7協会は「HL7FHIR(HL7 Fast Healthcare Interoperability Resources)」という新規格を公開する。HL7FHIRは医療情報を交換しやすくするための新しい標準規格で、Web技術を採用している。HL7FHIRは実装面を重視しているため、実装者に分かりやすい仕様で比較的短期間でのサービス立ち上げが可能という利点がある。さらに既存形式の蓄積データから必要なデータのみ抽出・利用が可能だ。このため個々の電子カルテシステムのデータ格納方式にとらわれず共有化が可能だ。そのため電子カルテの標準情報をクラウド上で共有化するにはなくてはならない仕組みとなっている。これから普及させるクラウド電子カルテにはHL7FHIRの実装が欠かせない。
こうした経緯から2024年の診療報酬改定では、「医療DX推進体制整備加算」として、HL7FHIRを実装した電子カルテ導入に加算を付けて普及させようとしている。
4 自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PHM:Public Medical Hub)
令和ビジョンの二つ目のポイントは、自治体が実施する健診、こどもなどの医療費助成、予防接種、母子保健分野における情報を、マイナンバーを通じて医療機関、薬局と連携する仕組みだ。すでにこの仕組みは2023年よりすでに一部で始まっている。希望する自治体、医療機関、薬局ではマイナンバーカードによりそれらの情報を活用する仕組みだ。
この自治体・医療機関をつなぐ仕組みを「自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PMH:Pubulic Medical Hub)」と呼んでいる。PHMのユースケースには以下がある。マイナ保険証を医療費助成の受給者証として利用し、患者が医療機関を受診できるようにする。予防接種、母子保健(健診)で、事前に予診票や問診票をスマホ等で入力し、マイナンバーカードを接種券・受診券として利用できるようにする。マイナポータルから接種勧奨、受診勧奨を行い、接種・検診忘れを防ぐ。それとともに接種履歴や健診結果がリアルタイムでマイナポータル上で確認できるようにする。
PMHによるメリットも以下のようだ。まず患者にとっては紙の受給証を持参する手間が軽減するとともに受給証の紛失リスクがなくなる。自治体にとっても正確な資格情報に基づいて、医療機関・薬局から請求が行われることになるため、資格過誤請求が減少し、医療費の支払いに係る事務負担が軽減する。また医療機関・薬局にとっても医療保険の資格情報及び受給者証情報が手動入力の負荷がセットで削減でき、医療費助成の資格を有しているかどうかの確認に係る事務負担が軽減する。
これは予防接種を行うクリニックにとっても福音だ。予防接種に係る事務作業が軽減され、書類の山が消える。
5 診療報酬DX
次に令和ビジョンの「診療報酬改定DX」について見ていこう。現状の医療機関では2年に一度の診療報酬改定に対応のため、そのシステム更新に、多大の費用とシステムエンジニア(SE)の人員の動員を行っている。改定年の3月に内容が確定し、4月から現場での運用を始めるには、改定内容をSEが読み込み、レセプトコンピューターに報酬計算ソフトとして落とし込む作業を急ピッチで行う必要がある。診療報酬の項目は数万点にも及び、入院と外来の違いや、病棟種別の違い、さらには加算との組み合わせできわめて煩雑で膨大なシステム改修に追われることになる。
今回の医療DX令和ビジョン2030の提言では、厚労省が通知文書ではなく、デジタル化された共通算定モジュールを作り、それをオープンソースとして公開することを提言している。共通算定モジュールは、厚労省、支払基金、ベンダーが協力してデジタル庁のサポートも得て作成するとしている。具体的には2023年から診療報酬改定DXタスクフォースを組織し、支払基金で共通算定モジュールの開発と運用体制についての検討を行っている。共通算定モジュールはまず導入効果が高いと考えられるクリニックや中小規模の病院を対象に開始し、医療機関の新設やシステム更新時期に合わせて徐々に導入を加速させる。特にクリニック向けには標準型電子カルテと算定モジュールが一体化された標準型レセコンをクラウド上に構築することを考えているとのことだ。
こうした共通算定モジュールの導入により、医療機関は診療報酬改定にあたっては当該モジュールの導入だけで作業がすみ、個々のベンダーの負担は大きく軽減されるだろう。さらに共通算定モジュールにより、文書による複雑かつ曖昧さを残す診療報酬解釈が疑義解釈を要することのないシンプルなものに変えることができ、診療報酬体系の簡素化にも貢献できると考えられる。クラウド化によって診療報酬の在り方も大きく変わる。
6 電子処方せん
電子処方せんとは現在紙で行われている処方せんの運用を電子的で実施する仕組みだ。その仕組みはオンライン資格確認等システムを拡張して、電子処方せん管理サービスを支払基金等に置く。この仕組みで患者が直近で処方や調剤をされた内容の閲覧や、重複投与等のチェックが可能となる。この電子処方せんは2023年1月から運用開始している(図表4)。
図表4

厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日
しかし電子処方せんの普及は薬局を除き、遅々として進まない。2025年1月現在、全国の4万7千施設で電子処方せんの運用がされているのは、病院311(3.9%)、診療所8172(9.9%)、歯科診療所1010(1.7%)、薬局38,188(63.2%)である。
しかも電子処方せんがスタート早々、2024年12月に、電子処方せんを発行している医療機関で、処方とは異なる医薬品が薬局側で表示されるというインシデントが起きた。理由は医療機関が用いている医薬品コードが独自のコードを利用している場合、電子処方せん管理サービスで用いているコードとの紐づけがなされずに別の医薬品が表示されたという事例である。
こうしたインシデントが水を差して、電子処方せん導入率は2025年3月末でも病院・診療所の導入率が1割にも満たない状況だ。当初の目標は「2025年3月末までにおおむねすべての医療機関・薬局で導入する」だった。しかしこの目標は到底達成できていない。このため厚労省は2025年1月に「電子処方せん導入の目標を2025年夏を目指して見直す」こととした。目標は先延ばしになるのは目に見えている。
この見直しに当たって、厚労省は先の医薬品マスターの紐づけミスを受けて、医薬品マスター設定の一斉点検を実施する、また「取引ベンダーが電子処方せんに対応していない」、「電子処方せんの導入が医療機関側の負担増につながっている」、「そもそも電子カルテが未導入である」などの諸点ついても検討を行うとしている。
またこれまで電子処方せんは院外処方のみに対応してきた。しかし2025年1月からは一部医療機関等で「院内処方」への対応に関するプレ運用をスタートさせている。クリニックには院内処方せんを行っているところもまだ多い。これらの院内処方せんの電子処方せん化も必要となるのだろうか?
こうした電子処方せんの遅れは、2024年診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」にも影響を与えている。同加算では電子処方せんにより処方せんを発行できる体制の施設基準で求めている。このため電子処方せんの導入目標の変更から、この加算の在り方も再検討が必要だ。
以上、現時点における医療DX令和ビジョン2030の進捗状況を振り返った。その進捗は送れている。その遅れの根底にはクラウド化への対応の遅れが横たわっている。クラウドネイテイブの本質を理解して、今後のクリニックにおけるDX対応を考えていこう。
冒頭の聖句は伝道者コヘルトの言葉だ。DXにも季節と時があるのだ。あせらず季節と時を待つことだ。
参考文献
厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日
武藤正樹 「医療介護DX~コロナデジタル敗戦からAIまで~」日本医学出版 2023年
