レポートの投稿

ゼロから分かる医療DX(4)


 本連載シリーズは、著者が2023年に執筆した「医療・介護DX~コロナデジタル敗戦からAIまで~」(日本医学出版)をもとに、医療DXについてQ&A形式で分かりやすく解説するシリーズだ。今回は連載の最終回。マイナンバー保険証(マイナ保険証)トラブルを見ていこう。

Q&A マイナ保険証トラブルどうなるの?

 マイナ保険証トラブルが騒がしい。これまで医療機関で保険証の資格確認をするときは、保険証を窓口に出せば窓口の事務員がすぐに確認してくれた。それがマイナ保険証になったとたんに、窓口の顔認証リーダーにかざして顔認証や暗唱番号で行うようになった。すると時々、「カードリーダーで顔認証できない」、「斎藤などの旧字体の文字が文字化けして●藤になって出てくる」。「カードリーダーの前に列が出来て、診療の開始が遅れる」、「保険証の資格確認ができず、10割負担になった」、「とにかく操作が面倒だ。保険証を受け付け窓口に出す方がずっと簡単だ」、さらに、「なぜ毎回、同意を取られなければならないのか?」、「高齢者施設で保険証を施設が預かっているが、マイナンバーカードのその暗証番号を施設で預かっても良いのか?」など。

 この混乱のなかでマイナ保険証の利用率は2024年8月時点でわずか12.4%だ。しかし政府は「マイナ保険証の利用率に関係なく、12月に現行の健康保険証の新規発行を廃止する」と強気だ。廃止したあとは健康保険証に代わる資格確認書を発行するという。「だったら健康保険証を併用しても同じことではないか」と言う意見も出てくる。

 こうした現状の中、日本政府がどこまでも健康保険証を廃止し、マイナ保険証に突き進もうとしている。そこには日本のDX実現への政府の焦りが見え隠れしている。

Q&A どうして政府はマイナカードにこだわるの?

 日本のマイナカードは先進各国の中でもユニークな取り組みだ。まずマイナカードの仕組みを改めて振り返ってみよう。マイナカードには実は3つの異なる制度とそのための機能が詰め込まれている。一つ目は「社会保障と税の番号」、二つ目は「電子証明書」、三つ目は「公的身分証明書」である。

  • 社会保障と税の番号

 社会保障と税の番号がいわゆる「マイナンバー」だ。12桁の番号を国民全員に割り当てて、税や保険料を公平・公正に負担してもらうための番号だ。所得のある人には応分の負担をしてもらう。さて著者の本業は衣笠病院グループに勤める勤務医だ。一方、それとは別に講演や雑誌寄稿、書籍出版などの副業もしている。するとかならず事業者から「マイナカードの表裏をコピーして送って下さい」という通知が届く。事業者はこの12桁のマイナンバーを国税庁に提出する。国税庁にはこれとは別に法定調書と言って、誰が誰に賃金や利子や契約金なのどのお金を払ったかという書類が届く。この書類が国税庁には毎年3億数千万枚も届く。これまで国税庁はこの膨大な数の書類から名前や住所をもとに「名寄せ」をして、個人単位で収入額を積算していた。この名寄せが大変だった。この大変な作業が、12桁のマイナンバーで一瞬にしてできるようになった。これで所得隠しや課税逃れが防止できる。

  • 電子証明書

 マイナカードには上記の12桁の番号の他に、電子的に本人確認を行う「電子証明書」がICチップの中に埋め込まれている。この電子証明書は行政のサーバーにログインするため本人確認書だ。これは「見えないマイナンバー」で、暗号化された鍵だ。オンラインで様々な行政手続を行うために用いる。たとえばマイナカードを使って資格確認や個人の医療情報を閲覧するときに使う。

この電子証明書の利用は医療以外の民間分野にもどんどん広がっている。たとえばオンラインでの証券口座開設や携帯電話のレンタル契約での本人確認に用いられている。

(3)公的身分証明書

 マイナカードは公的身分証明書としての役割もある。マイナカードには顔写真が添付してあり本人確認ができる。著者は後期高齢者になって運転免許証を返納した。この運転免許証に代わる公的身分証明書がマイナカードだ。このため市民プールや美術館の高齢者割引入場券をもらうにもマイナカードを提示している。

実は、日本のマイナカードには以上のように3つの別々の制度と機能が含まれている。こうした3つの機能を一体化したマイナカードは日本独自のカードで世界でも初めての試みだ。政府はこの開発とその普及に2兆円近い予算をすでに投入している。このため政府は医療DXの推進とともにプライドにかけてマイナカードを推進している。ただ時代はさらに先に進んでいる。お隣の韓国ではICチップを埋め込んだ日本のマイナカードは古いといって、来年からスマフォにこれらの機能を持たせようとしている。

Q&A 他の先進国でもマイナンバーを使っているの?

 実は英国、ドイツ、フランスでは国民共通番号であるマイナンバーは使っていない。

英国では第二次世界大戦中の1939年に国民登録法に基づき、身分証明書として利用できる国民共通番号が導入された。しかし戦後、個人の身元を証明する行為は強制されるべきでないという国民の声を受けて1953年に国民登録法は廃止される。このため行政分野ごとに異なる個人識別番号を用いていて、国民共通番号はない。

 ドイツでは1970年代に行政事務の効率化を目的として行政分野を横断する国民共通番号を導入しようとした。しかし国民がプライバシー侵害の懸念から、反対にあって採用されなかった。さらに1983年に汎用的な国民共通番号は憲法違反であるとの判決まで出て、ドイツではこれからも国民共通番号は導入されないだろう。

 フランスでは1941年に人口動態に係る統計調査及び徴兵調査のために国民共通番号が導入されていた。そして1970年代にすでに導入されている社会保障番号を基にして新たな国民共通番号を導入しようとした。しかしやはり国民の反対意見が強く共通番号化は撤回され、社会保障番号、税務登録番号のように行政分野ごとに異なる番号を用いている。

 このようにヨーロッパの先進各国では国民共通番号は導入がされていない。日本でもこの国民共通番号の検討は1970年代に、税と社会保障の情報管理において個人を特定する番号コードで始まった。しかし国民総背番号制に対する反発がつよく、一度は中止された経緯がある。その後、「消えた年金記録問題」から再び国民共通番号の必要性が再認識されてマイナカードが導入された。

そして日本では前述したようにマイナンバーと電子証明書と公的身分証明書を一体化した我が国独自のマイナカードが誕生した。このように日本ではヨーロッパの先進諸国を押しのけて初めて国民共通番号であるマイナンバーとマイナカードを導入した国となった。この連載の第1回で述べたように、DXのXはトランスと言う英語の略語、このXとは河を渡り対岸に出るという事でもある。今、我々はデジタルの対岸に渡ろうとしている。河幅は広く、流れは急だ。嵐も襲う。渡河作戦には大きな危険が伴う。しかし、いったん渡り始めれば向こう岸に着くまで進まざるを得ない。消えた年金記録問題のもとのアナログの岸には戻れない。

しかし渡り切ったその日にはさらなるデジタルの世界が待っている。マイナカードに、健康保険証や年金手帳、介護保険証、障害者手帳、母子手帳、医療従事者の国家資格確認証など複数の証明書や身分証明書を一体化することもできるようになる。

今は渡河作戦の真っ最中だ。無事に河を渡りきり、向こう岸に至ることを祈りだい。

コーヒーブレイク 米国ノソーシャル・セキュリテイ・ナンバー

 さて米国では社会保障番号(ソーシャル・セキュリテイ・ナンバー)が国民共通番号として生活に無くてはならないものとなっている。著者は1980年代の終わりに米国のニューヨークの大学病院に留学した経験がある。留学に出かける前に先輩から、米国に行ったら「まず銀行口座を開設すること」と言われた。銀行の窓口で「オープンアカウント、プリーズ」と言えば良いと教えられた。そこでニューヨークに着くなりマンハッタンの銀行に行って窓口で口座開設をしようとしたところ、「ソーシャル・セキュリテイ・ナンバーを見せろ」という。番号がないと口座開設はダメだという。「え~、そんなこと聞いていなかった」と思ったが、慣れないマンハッタンで地図を片手になんとか社会保険庁のオフィスにたどり着いてパスポートと滞在ビザを示して番号を発給してもらった。ソーシャル・セキュリテイ・ナンバーは9桁の番号で、外国人にも附番される永久番号だ。ただ番号カードはベラぺラの紙きれだ。しかしこの番号がないとクレジットカードも運転免許証も取れない。

 このように留学当初は英語も良くわからず失敗続きの連続だった。もう一つの失敗談を。留学ではアパートを借りて家族を呼び寄せた。そして家内と幼い子供3人をジョン・F・ケネディ空港まで迎えに行って、マンハッタンのお隣のニュージャージ州のフォートリーに小さなアパートを借りた。そして家族を連れて空港からアパートに直接向かった。そしてアパートのドアを開けてビックリした。家具がまったくないのだ!確か家具付きのアパートを不動産屋さんに頼んだはずだ。あわてて不動産屋に電話すると、家具の搬入は明日になるという。着いたのがすでに夕方でとても今からホテルを探す気にもなれない。8月の終わりだったので何にもないがらんとした部屋の片隅に5人が身を寄せ合って、テイクアウトの中華料理を食べた。家内からは怒られたが、子供たちはキャンプのようだとはしゃいでいた。今から思えば懐かしい思い出だ。