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高額療養費制度の再見直し


図表1 高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年5月25日

 2025年3月の石破政権時に行われた高額療養費制度の見直しは患者団体や野党の反対で見送りとなった。見送りの原因は患者団体の意見も聞かずに専門家委員会だけで拙速に決めようとしたことにある。この高額療養費制度の再見直しについては、専門委員会で進んでいる。2025年12月末の時点での高額療養費の再見直しの審議の現状を振り返ってみよう。

1 高額療養費制度の見直しの背景

 医療費における高額療養費の伸びが著しい。高額療養費制度は、医療費が高額になったときに、自己負担額の一部を払い戻してくれる公的な補助制度のことだ。経済的な心配をせず高額の医療を受けられる優れた制度だ。この高額療養費制度による医療費が今、急増している。高額療養費の医療費は、2010年は1.9兆円だったが、2022年は2.9兆円と12年間で1兆円近くも伸びている。医療費全体に占める高額医療費の比率を見ると、2010年は5.66%だったが、2022年には6.79%と1ポイント以上の伸びだ(図表1)。

 伸びの理由は医療の進歩とともに高額な医療が増えているからだ。健保組合のレセプトを見ると、2010年には1000万円以上の高額レセプトは174件しかなかった。しかし2024年には2,328件と13倍にも増えている。高額レセプト上位100位の平均は5,586万円で最高額は1億7800万円。疾病の内訳は悪性腫瘍が74%、先天性疾患が14%、血友病が4%を占める。

 また高額薬価の医薬品も増えている。薬剤別でみると脊髄性筋萎縮症の治療薬ゾルゲンスマは薬価が1億6700万円だ。その他白血病やリンパ腫の治療薬のキムリア、プレヤンジ、イエスカルタは薬価が3,200万円というように薬価の高額化が高額療養費を押し上げている。

 こうした高額な医療について、2025年2月の国会の衆院予算委員会で当時の石破首相は以下のように述べている。「キムリアという薬があって、1回で3000万円ですよね。これは保険の財政から考えて、これ何とかしないと制度そのものが持ちません」。こうしたことから石破内閣のとき高額療養費制度の見直しを敢行しようとした。

 高額療養費制度とは、年齢別、収入別に定められた自己負担額を超えた医療費について国、自治体、保険者が肩代わりして支払ってくれる制度だ。この自己負担の限度額を引き上げようとした。自己負担限度額が引き上げられれば、所得の低い人にとっては負担増となる。これまで受けられていたがんや難病の治療を継続できなくなるかもしれない。しかし保険財政の立場からみれば、このまま高額療養費制度を放置していれば制度そのものの存立が危うい。まさに今が高額療養費制度の曲がり角だ

2 高額療養費制度のポイント

では高額療養費制度の仕組みのポイントをまず見ていこう。ポイントは以下の3つだ。

「収入と年齢区分に応じた自己負担限度額」、「多数回該当」、「70歳以上の外来特例」。

以下、順次見ていこう。

(1)収入と年齢区分に応じた自己負担限度額

 高額療養費制度の自己負担限度額は、年齢では70歳未満と70歳以上、収入(年収)区分は5段階で決められている。5段階は上から、収入1160万円以上、770万円以上、370万円以上、370万円未満、住民税非課税(低所得世帯)である。

 たとえば70歳未満で収入区分370万円以上、770万円未満の場合で、医療費に100万円かかった場合を見ていこう。この窓口自己負担は3割負担で30万円である。この時の高額療養費の自己負担限度額は8万7千円だ。この高額療養費制度で本来だったら30万円の自己負担額のところを8万7千円の支払いに抑えてくれて、それ以上は支払わなくても済む仕組みだ。この自己負担限度額は収入や年齢区分、かかる医療費によって異なる。図表2に収入区分370万円以上、770万円未満の所得層の、それぞれの医療費分につての自己負担分の例を示した。そして医療費が100万円、200万円、300万円の時の自己負担限度額を示している。医療費によって異なるが、いずれも自己負担限度額は8万7千円から10万7千円におさえられている。しかしその本来の自己負担額との差分については前述のように国、自治体、保険者等が肩代わりしている。

図表2

高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年5月25日

(2)多数回該当

 多数回該当とは、過去12か月以内に3回以上、高額療養費の支給を受けていると、4回目以降は自己負担限度額が引き下げられる制度だ。たとえば、先の自己負担限度額が8万7千円の人の場合、4回目以降は4万4千円に自己負担限度額が下がることになる。つまり、がんの化学療法のように長期にわたって高額療養費の対象になるような人について救済する仕組みだ(図表3)。

図表3

高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年5月25日

(3)70歳以上の外来特例

 高齢者になると複数の疾患で医療機関を訪れるようになる。こうした多くの疾患を抱える70歳以上の高齢患者は外来受診しただけでも、自己負担が高額になりがちだ。この外来医療費が高額になった時の自己負担の限度額を超えた場合に特例として限度額以上の医療費を免除する仕組みだ。

3 石破内閣での高額療養費見直し

 2025年3月、石破内閣時代に政府が示した高額療養費制度の見直しのポイントは以下の3つだ。「年収区分の細分化と自己負担上限額のアップ」、「多数回該当の見直し」「外来特例の見直し」だ。

(1)収入区分の細分化と自己負担限度額のアップ

 従来の収入区分を5区分のうち市民税非課税区分はそのままに据え置いて、それ以外4区分を細分化して12区分とし全体で13区分と細分化しようとした。そしてその上で、2025年8月と2027年8月の2段階で自己負担上限額のアップを図ることにした。その2025年8月のアップは年収区分370万円以上、770万円未満では、現行より8千円ほどアップする案だった。

(2)多数回該当

 多数回該当については、年収約650万円から770万円の収入区分の場合の4回目からは現行の上限額約4万4000円を2025年8月には4万9000円引き上げ、2027年8月には7万7000円に引き上げをする案とした。これががん患者から反発を生んだ。

(3)外来特例

 外来特例の見直しはそれまでの所得区分3段階を4段階に細分化し、それぞれの限度額をアップした。具体的には一般(2割負担、1割負担)、上限18,000円を見直し後には、一般(2割負担)を28.000円、一般(1割負担)を20,000円とアップし、住民税非課税8000円を13,000円に、所得が一定以下の住民税非課税は8.000円を据え置くこととした。

 以上の改革によって保険料と公費負担をあわせて5280億円の削減になると政府は試算した。そしてこの見直しにより保険料の負担額も下がる。1人当たりの保険料の負担減は以下のようだ。協会けんぽ年間3500円、健保組合は4800円、共済組合は5000円、国民健康保険は1500円、後期高齢者は1100円といずれも負担軽減がなされる。

 しかし以上の見直し案、とくに自己負担額上限アップ案は、がん患者の団体からはがん治療が続けられなくなると大反発が起きて、厚労相に高額療養費制度の見直しの撤回・凍結を求めた。また野党各党も高額療養費の引き上げ案の見直しを求めた。このため2025年2月の予算委員会で石破首相は、引き上げ案の修正も含め見直しを行うことを決めた。

 このように高額療養費制度見直しの議論が紛糾した背景には、年収区分でボリュームゾーンの370万円以上、770万円未満の上限額アップ、特に多数回該当の上限額アップが、若いがん患者を直撃したこと、そもそも高額療養費の見直しで財源確保して、それを足りない少子化対策財源に回そうとしたこと、そして患者の実態調査も行わず、患者への丁寧な説明もなしに強行しようとしたこと挙げられる。

4 高額療養費制度検討会と再見直し

 このため石破内閣の高齢者療養制度の見直しの再検討について、具体的な議論が社会保障審議会医療保険部会の下に設けられた「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」(以下、専門委員会、座長 田辺国昭東京大学大学院教授)で始まった。専門委員会は2025年5月から12月にかけて検討を行った。以下、この専門委員会の検討内容について見ていこう。

(1)高額療養費制度の見直しの基本的な考え方

 専門委員会では、見直しの基本的な考え方として、委員より以下の意見が出された。

「高額療養費制度はセーフティネット機能として患者・家族にとってなくてはならない制度だ」、「諸外国との比べてもこのような恵まれた制度を要している国はほとんどない」、「(高額療養費制度)の制度改革の必要性は理解するが、その際には高額療養費制度だけではなく、他の改革項目も含め、医療保険制度改革の全体の中で全体感を持って議論する必要がある」、「限度額の見直しには、高額療養費のセーフティネット機能に鑑みると、長期にわたって療養される方の経済的負担の在り方に十分配慮すべきである」、「所得が低い方に対しては適切な配慮を行うことが必要」、「高額療養費制度の所得区分は、あまりに大括りな制度になっている。所得区分の細分化が必要」、「70歳以上の外来特例については、加齢に伴って疾病リスクが増すことにより受診機会が増える。こうした高齢者の特性を踏まえれば制度の必要性は理解するが、現役世代の保険料負担軽減と言う観点からも制度の見直しは避けられない」、「多数回該当以外の限度額を見直した場合、限度額に到達しなくなり、その結果、長期療養が必要であるにもかかわらず多数回該当から外れてしまう方が発生する。この対策が必要だ」など。

 こうした観点から高額療養費の再見直しの検討が行われている。

(2)再見直し制度設計のポイント

 高額療養費再見直しの制度設計のポイントは長期療養者への配慮と低所得者への配慮の二つである。長期療養者への配慮としては、多数回該当の金額を据え置く。これにより長期に継続して治療を受けられている方の経済負担を増加させない。また同時に「年額上限」を新たに導入する。年額上限は多数回該当に該当しない長期療養者の経済的負担に配慮する観点から導入された。これにより月単位では限度額に到達しない方であっても、年額上限に達した場合には、当該年においてそれ以上の負担は不要となる。

 二つ目の低所得者への配慮を以下に行う。住民税非課税ライン(低所得者ライン)の者を上回る年収層である「年収200万円未満」の方の多数回該当の金額を引き下げる。そして外来特例の限度額引き上げの際、住民税非課税区分に外来年間上限を導入し、年間の最大自己負担額を現在よりも増加させないとした。以上の方針を以下に、より詳細に図表4で見ていこう。図表4の見直しポイントは以下の5点である。①長期療養者への配慮:多数回該当の上限区分の据え置きと、上限区分に達しない方に関する年単位の新たな「年上限」の導入を行うこと。②低所得者への配慮:住民税非課税区分(低所得者)の限度額の引き上げ率の緩和と住民非課税ラインを若干上回る年収額「年収200万円未満」の方の多数回該当の金額の引き下げを行う。③一人当たりの医療費の増額を踏まえた限度額の見直し、④応能負担に基づいて所得区分の細分化、⑤70歳以上外来の自己負担限度額(外来特例)の見直し:応能負担の考え方を踏まえつつ、低所得者には配慮して月額上限の据え置きを行う。住民税非課税区分に対して新たに年間上限を導入する。これにより毎月現在の上限額まで利用される方の負担は変わらない。以上を図表4にまとめた。

図表4

高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年12月25日

(2)再見直しの効果

 以上のような高額療養費の再見直しによる患者負担の変化を見ていこう。

 石破政権のときに反対の集まった多数回該当の限度額のアップは行わず据え置かれたことで、多数回該当の負担額は従前どおりとなり変わらない。また単月ばかりでなく年間上限額を導入したことで、年間23.7万円の負担減になる。また自己負担限度額の見直しで多数回該当から外れてしまう方の場合、年間上限額を導入することで、年間約2.2万円の負担減になる。また高額薬剤を単月処方された方の場合、年間上限額の導入で、年間約4.3万円の負担減になる。年収200万円未満の多数回該当の対象者は年間約9.9蔓延の負担減になる。長期にわたって継続して外来特例を利用される方は、外来特例の年間上限額導入で負担額は変わらない。また単月のみ高額療法に該当する場合は年間0.6万円の負担増になる。年3回高額療養費に該当する方の場合は年間約8.8万円の負担増になる。以上の詳細を図表5に示した。

図表5

高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年12月25日

 以上、高額療養費制度の再見直しの現状の審議過程を、2025年12月末の「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」の議事内容から振り返ってみた。今後、社会保障審議会医療保険部会へ議論が移っていく。引き続き注視していきたい。

参考文献

厚労省 高額療養費制度の在り方に関する専門委員会 2025年12月25日