レポートの投稿

原薬問題


図表1 Meiji Seikaファルマ株式会社 太田和美氏資料より

 昨今のウクライナや中東情勢から、海外に依存する薬の原薬問題が改めて不安視されている。この機会に原薬問題について整理しておこう。

1 原薬とは?

 原薬とは医薬品の原材料で、薬理活性を有する有効成分のことだ。英語ではAPI(active pharmaceutical ingredient)と呼ばれる。厚労省では原薬を「医薬品の生産に使用することを目的とする物質または物質の混合物で、医薬品の製造に使用されたときに有効成分となるもの」と定義している。関連用語で中間体(Intermediate)という用語もある。中間体とは原料(出発物質)から出発し、原薬が完成するまでの過程で生成される物質のことだ。

 原薬の製造工程は図表1のように複雑で長い工程をたどる。

原薬の製造工程は化学反応を多段階で組み合わせて製造する。原薬ができるまでには原料、中間体を試薬や溶媒を用いて多段階の製造工程を経る。使用する試薬や溶媒には可燃性、爆発性のある危険物が多い。また毒劇物であることも少なくない。このため安全対策と原薬への残留量管理が必須である。また副生成物として有毒物質(ハロゲン化物、硫化水素等)の悪臭ガス、色の濃い排液等が発生することがある。このため製造所は環境問題を引き起こすこともある。

一度、山陽地方の原薬工場を見学したことがある。原薬工場はこうした環境問題のため都市部から離れた山間地にある。見学した工場内では何台もの反応釜が並び、そこから出る熱気と騒音、においに包まれていた。こうした原薬製造所の環境問題から今では国内での原薬製造所は減少し、中国、インドなどに移っている。

 また原薬の製造工程が長いので、原料製造所、中間体製造所、粗原料製造所、原薬製造所と分業するケースが多い。また複数の原薬で共有可能な原料、中間体が多いことが分業化に拍車をかける。そして国内、国外に製造所のサプライチェーンがクモの巣のように複雑に張り巡らされている。

2 原薬供給の危機

 この原薬の調達が今、日本では危機的な状態にある。理由は海外の一部の原薬企業における不純物の混入など品質問題やGMP基準違反による供給停止、さらには最近の新型コロナパンデミックによる原薬のグローバルなサプライチェーンの寸断による調達の遅れ、そして昨今のウクライナや中東情勢による円安や物価高騰による原薬のコスト増などである。

 ここではこうした医薬品のカナメともいえる原薬供給危機のこれまでを以下について振りかえってみよう。韓国の原薬メーカーのGMP違反問題、セファゾリン供給停止問題など。

 2012年に韓国の原薬メーカーが原薬の製造過程でGMP違反を指摘された。このため厚生労働省は2013年1月に原薬の供給を受けていた国内後発品メーカー13社に対し製造管理・品質管理に関する改善命令を出した。医薬品医療機器総合機構(PMDA)が海外製造所のGMP調査を開始した2004年以降、国内13社に一斉に改善命令を出すのは初めてのことだった。このため韓国の原薬メーカーから供給を受けていた国内13社が相次いで後発医薬品の販売の停止をした。海外の原薬メーカー不祥事で国内の後発医薬品流通が大規模に停止したのはこの事例が初めてだった。

 抗菌剤のセファゾリンは日医工がイタリアの原薬メーカーの2社より原薬を輸入して製造販売を行っていた。2018年末よりイタリアの原薬メーカーの1社から輸入している原薬に異物混入ロットが急激に増え、製造できない状況になった。原因はイタリアの1社の委託先でのナトリウム塩化工程製造でのトラブルだった。一方、セファゾリン原薬の出発物質であるテトラゾール酢酸(TAA)は世界で唯一中国のメーカが製造していた。しかし同社が環境規制問題で、中国当局の指示により生産を中止したため、世界的にセファゾリンの供給が停止状態となった。このため日医工は2019年2月、国内の全医療機関に対してセファゾリンの供給停止を行った。供給停止は2019年11月まで続いた。このため代替薬への置き換えが起きたが、代替薬にも出荷調整等の影響が広がった。このため特に術中投与の抗菌剤不足が国内で広がった。その後の調査でセファゾリンを含むβラクタム系抗菌剤の多くが原薬を海外に依存していることが明らかになった(図表2)。

図表2

海外では図表3のように企業数ベースでみると中国、インド、イタリア、韓国で65%を占めている。一方、購入金額ベースで見ると順位が入れ替わり、韓国、中国、インド、イタリアの順となっている。

 前述のように原薬製造は多国間で企業分業が進むと同時に、競争力の強い原薬銘柄が複数の製薬メーカーによって共有されるために、特定銘柄による原薬や中間体の寡占化が進み、セファゾリン問題で見たように中国の1メーカーに重要中間体TAAが独占され、その企業の撤退が世界的な影響をもたらすことになる。

図表3

3 医薬品供給とニトロサミン問題

 今、製薬業界がニトロソアミン問題で揺れている。発がん性のあるニトロソアミンが原薬製造過程や製材過程や保管過程で発生するという問題だ。

 日本でニトロサミン問題が知られるようになったのは2018年である。2018年6月に降圧剤のバルサルタンの原薬から発がん物質であるニトロソアミン類であるN-ニトロソジメチルアミン(NDMA)が検出され、あすか製薬がバルサルタン錠の全ロットを自主回収した。このため厚労省は2018年11月に発がん性物質の管理ガイドラインICH-M7で、ニトロソアミン類のNDMAやNDEAの限度値を定めることとした。

 このガイドラインがなかなか厳しい(図表4)。この値はニトロソアミンに毎日暴露した場合、発がんするリスクが10万人に1人増加するという値だ。なおニトロソアミン問題が顕在化した理由は測定装置の技術進歩によって、ニトロソアミンの微量測定が可能になったことにも関係している。

図表4

 この結果、ニトロソアミンによる回収があいついでいる。先のバルサルタンに留まらず、イベルサルタンなどサルタン系に広がった。また2019年9月には消化性潰瘍剤のラニチジン、ニザチジンにもニトロサミン混入がみとめられ、2019年12月にはメトフォルミンからニトロサミンが検出され、一部の製品が回収対象となった。最近では2024年10月に過活動膀胱治療薬ミラベグロンの製剤からもニトロサミンの類が発見され、許容摂取量を超えるとして、ロットが自主回収されている。なんと先進各国で2016年から2022年の間にクラスⅠ回収が41件あったがそのうち39件がニトロソアミンによる回収だった。なおクラスⅠ回収とは、重篤な健康被害や死亡リスクによる回収のことだ。

ニトロソアミンが生成する過程は比較的シンプルだ。アミン類に窒素酸化物(NOx)が結合すると簡単にニトロサミンになってしまう(図表5)

図表5

この窒素酸化物はいろいろなところにある。空気、水、添加物などにある。このため医薬品製造過程のそれぞれの段階で入り込む。原薬の製造過程、製剤過程、保管過程のいたるところで生成リスクや混入リスクがありうる。

 このため国内のある企業は空気中の窒素酸化物を除去するフィルターを用いて、製造プロセスにおけるリスク低減を図っている。ただこうして出来上がった製品が保管中に空気にふれてニトロソアミンが生成されるリスクまで抑えることはできない。

 さて先進各国の規制当局も事態を重く見て、ニトロソアミンリスクのある医薬品リストを作成している。厚労省も同様にリストを作成している。各国のリストはほぼ同じで、医療用医薬品の30%にリスクがあるという。日本でも安定確保が必要な医薬品の中にもリスク医薬品がある。どうしたらよいのだろう。これらが回収対象となったら大変だ。

4 原薬サプライチェーンのリスク

 以上見てきたように医薬品のカナメである原薬の製造流通過程には様々なリスクが付きまとう。製造過程における不純物混入リスク、発がん性物質の副生、特定の原薬メーカーや重要中間体メーカーの寡占化や、海外依存、原薬製造に対する環境政策の影響、昨今の地政学的なリスクである。図表6にこれらのリスクをまとめた。

図表6

 Meiji Seikaファルマ株式会社 太田和美氏資料より

 コロナ感染パンデミックによるサプライチェーンの寸断、ウクライナ戦争や中東戦争による、航空便の航路変更や航空運賃の変更、エネルギー・物価高騰による原材料高騰などが原薬調達に影響を与えている。また日本では薬価下落による原薬取引価格への値下げ圧力による原薬メーカーの収益力低下、原薬メーカーの生産能力や品質管理体制のひっ迫、原薬企業の開発投資余力の低下、また我が国における円安、物価高による海外原薬の調達コスト増が大きな課題となっている。

 日薬連によると2021年と2022年を比較すると、直近の物価上昇、為替変動により原薬、原材料の調達コストが激増している。原薬は200%増、原材料は420%増となっている。特に後発医薬品は薬価が先発品に比べて安価な分、製造原価率が相対的に高く、原薬や原材料の高騰の影響を受けやすい。後発医薬品では製造原価が薬価の80%を超える品目が3割以上も占める。その中には安定確保医薬品や基礎的医薬品といった医療上の必要性の高い医薬品が多数含まれている。こうした製造原価の高騰は医薬品の場合、公定薬価が定められているため製品にコストを転嫁することができない。また昨今の国際的な原薬調達リスク回避のため原薬調達先のマルチソース化にもコストがかかる。また原薬の安定供給のための予備在庫や備蓄にも経費がかかる。

 このままでは後発医薬品の新たな供給不安や欠品、出荷調整につながりかねない。また原薬調達の停止がいつ、どこで起きるかもわからない。そもそも原薬の調達ルートが複雑に入り組んでいるので、どこにその調達ボトルネックがあるのかも、サプライチェーンを丹念にマッピングをしなければ明らかにならない。

 いつの時代でも医薬品は戦略物質である。第二次世界大戦中、日本の潜水艦が極秘裏にドイツから、当時開発間もないペニシリン(碧素)の原薬製造に関する論文を、南アフリカの喜望峰経由で日本に運びこんだことがある。それによってペニシリンの国内生産に成功したという逸話が有名だ。それくらい医薬品は国の安全保障のカナメである。

 原薬が時代を超えて医薬品の安定供給の最大のカナメであり、戦略物資であることを改めて認識すべきときだ。