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クローニン「城砦」


 医学部の学生だった頃に読んだ、A・J・クローニン(1896~1981)の「城砦(じょうさい)」(原題: The Citadel )が忘れられない。クローニンはスコットランド出身の外科医だ。あらすじは、主人公の若い医師アンドルー・マンソンが、理想を胸にウェールズの山間の炭鉱町の診療所に赴任し、過酷な環境や医療制度の矛盾、貧しい人々の苦難に直面しながらも、医師としての原点を模索し成長していく物語だ。1937年刊行当時から世界中でベストセラーとなり、日本でも多くの若者や医学生に「医師のバイブル」として読み継がれる名著として知られている。

 この物語で今でも覚えている名シーンがある。労働者の妻が難産の末にようやく出産したものの、産まれてきた赤ん坊は息をしておらず「仮死状態」だった。周囲の助産婦や家族たちはすっかり諦め、悲しみに暮れていた。そんなか、アンドルーは「まだだ、まだ終わっていない」と、冷たくなりかけた小さな小さな赤ん坊に対し、蘇生を試み息を吹き返させる。やがて力強い産声が部屋に響き渡る。絶望の底にあった母親や家族たちの表情が歓喜に変わるというドラマチックな展開だ。

 また小説の中には、決まり文句である “Every cloud has a silver lining”(どんな暗い雲にも、銀色の縁取りが輝いている) という言葉が繰り返し出てくる。どんな困難な中にもかならず希望が寄り添っているという言葉だ。

 クローニンは1896年、スコットランド生まれでカトリックの父とプロテスタント(長老派=プレズビテリアン)の母の間に生まれた。幼少期に父親を亡くした後、母親との約束によりカトリックとして育てられ、カトリック系の学校に通った。 1914年にグラスゴー大学の医学部に入学した。 その後、医師として第一次大戦にも従軍し、終戦後は炭鉱地帯での医療や労働衛生の調査、ロンドンでの開業医などを経験した。その豊富な現場経験をもとに小説家へと転身した。城砦はクローニンの半自伝的小説でもある。