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イザベラ・バードが愛した聖句


 イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird, 1831~ 1904年)は、19世紀の英国を代表する女性紀行作家であり冒険家だ。世界各地を旅した彼女は、1878年(明治11年)、47歳のとき来日し、東京から日光、東北地方を抜けて北海道(蝦夷地)に至るまでの約1,900キロもの道のりを、馬や人力車、時には徒歩で踏破した。

 彼女がその旅の記録をまとめた著書「日本奥地紀行」(原題:Unbeaten Tracks in Japan)は、当時の日本の自然、文化、人々の暮らしを、西洋人の偏見のない鋭い目で活き活きと描き出した名著だ。その中に当時の日本人の責任感を示したエピソードがある。旅行中、バードは若い日本人の女性の通訳をしたがえ、馬子のひく馬に乗って旅行をしていた。ある晩、宿泊地の東北の奥深い村に到着した。そのとき荷物を縛っていたひもが1本足りないことが分かった。すると馬子は夜にも関わらず4キロも離れた中継地に戻ってその1本のひもをとって届けてくれた。バードはその馬子に謝礼のお金を払おうとした。しかし馬子は受け取らない。「荷物を無事に届けるのが私の仕事です」と言う。これにバードはいたく感銘して旅行記に記している。

 イザベラ・バードが明治初期の日本を旅した背景には、実は個人的な事情があった。バードはもともと体が弱く、慢性的な脊椎の痛みや不眠、重度の抑うつ状態に悩まされていた。当時の主治医から「長旅をして気を紛らわせ、療養しなさい」と勧められた。このことが、日本に旅に出る大きなきっかけだった。驚くべきことに、彼女は過酷な日本の奥地を旅し、明治の日本人に出会う中で、むしろ心身の健康を取り戻していった。明治期の多くの西洋人は近代化が進む日本の東京や横浜などの都市部しか訪れなかった。しかし、バードは「外国人がまだ足を踏み入れていない、ありのままの日本人の生活や文化を見たい」という探求心から、東北や北海度にまで足を踏み入れた。

 イザベラ・バードが生まれたのは、イングランド北部、ヨークシャーにあるボローブリッジ(Boroughbridge)という町だ。1831年、彼女はその地で、父親が牧師をしていた牧師館の長女として誕生した。教会で育ったバードにとって、日々の生活や旅の道連れは常に神の言葉だった。

「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」『マタイによる福音書』第28章20節 (新共同訳)がバードが愛した聖句だ。

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