エッセーの投稿

CGAとウオーレン医師


 全人医療、全人介護は衣笠病院の基本理念だ。この概念を今日的な意味で具体化したのが英国の女性外科医のマージョリー・ウォーレン(1897年~1960年)だ。

 ウォーレン医師はロンドン生まれで、父親は弁護士の中流家庭の出身だ。彼女はロンドン大学ロイヤル・フリー・ホスピタル医学部で学び、後にロンドンのウエスト・ミドルセックス病院で外科医としての修練を積む。

 転機が訪れたのは、1935年のことだ。ウエスト・ミドルセックス病院に隣接していた旧救貧法施設が同病院に統合された際、彼女はそこの副医長に任命される。当時のイギリスでは、救貧法に基づく施設(Infirmary)には、行き場を失った慢性疾患の高齢者や寝たきりの人々が大量に収容されていた。そこは「人間の尊厳が失われた、暗く見捨てられた吹き溜まり」のような場所であった。彼女が赴任した施設では、714名もの寝たきり・慢性疾患の高齢患者がいて、その管理を突然任されることになる。

 悲惨な状況を目の当たりにしたウォーレン医師は、「高齢者だからといって、ろくな診察もせずに放置してはならない」と立ちあがった。最初に彼女が行ったことは以下である。まず一人ひとりの徹底的な評価と分類だ。 ただ「寝たきりの老人」としてひとまとめにするのではなく、患者を「歩ける者」「寝たきりだが排泄が自立している者」「認知症や精神症状がある者」などに細かく分類し、それぞれの状態を正確にアセスメント(評価)した。次にこれらの患者をベッドから起こしてリハビリテーションを行い、生活環境を整えることで、「寝たきりだと思われていた人の多くが、再び歩けるようになり、自宅へ退院できること」を証明した。この「患者を身体的・精神的・機能的な側面から総合的に見極め、可能性を引き出す」という一連のプロセスこそが、後のCGA(Comprehensive Geriatric Assessment:高齢者総合的機能評価)の原型となった。

 ウォーレン医師らの先駆的な実践は、のちにイギリスのNHS(国民保健サービス)にも取り上げられ、世界的に普及した。そしてCGAの客観的なスケールを用いて多面的(身体・機能・心理・社会)に評価し、多職種チームで介入する手法として、体系的に洗練されることになる。このためウォーレン医師は「老年医学の母」とも呼ばれる。            

*CGAの評価項目 ① 身体的機能(Medical & Physical):既往歴・服薬状況、栄養状態、感覚器機能、排泄機能 ② 日常生活動作(ADL / Functional Status):基本的生活動作(BADL)、手段的日常生活動作(IADL) ③ 認知・精神心理機能(Cognitive & Psychological):認知機能、精神心理 ④ 社会的背景(Social):住環境、家族・介護力