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おもしろ薬辞典㉒ アリナミン


 外来で70歳台の高齢女性が「脚気ではないか?」と言う。「最近手足のしびれがあるので、インターネットで調べて、アリナミンを飲んだらよくなった気がする」と言う。たしかに膝の腱反射を見ると反応が鈍い。「ビタミンB1の血液中の濃度を見て見ましょうね」と言って検査をオーダーした。

 かつて脚気は国民病だった。原因はビタミンB1の欠乏症で、末しょう神経障害や心不全を引き起こす。この特効薬のアリナミンで日本で開発された。1910年、農芸化学者の鈴木梅太郎博士が米ぬかから脚気の予防・回復に有効な成分オリザニン(のちのビタミンB1)の抽出に成功した。しかし、当時のビタミンB1は大変高価で、体内に吸収されにくく、すぐに尿として排出されてしまうという弱点があった。

 転機となったのは、1950年代初頭の京都大学における研究だった。 当時、京都大学医学部の藤原元典博士らは、「ニンニクに含まれる成分がビタミンB1を分解してしまうのではないか?」という現象を調べていた。しかし調査を進めると、分解されたのではなく、ニンニクの成分(アリシン)とビタミンB1が結びついて「アリチアミン」という全く新しい物質(ビタミンB1誘導体)に変化していることが判る。このアリチアミンを調べてみると、従来のビタミンB1に比べて、腸管から圧倒的に吸収されやすく、体内に吸収されたあと、必要な組織や神経にしっかりと行き渡ることも判った。

 藤原博士はこれを東京の学会で発表すべく都電に乗っていると、武田薬品工業の松川泰三と偶然隣り合わせになる。この都電の中での偶然の出会いが京都大学と武田製薬によるアリナミン開発の発端となる。

 その後、武田薬品での猛烈な研究の末、アリチアミンの同族体の中から、生体への親和性と安定性に優れた「プロスルチアミン」が発見された。これが1954年3月に日本初のビタミンB1誘導体製剤「アリナミンF糖衣錠」の誕生である。都電の中で隣り合わせた偶然が、一大ヒット作品を生むきっかけになったのだ。

 いまでもアリナミンFは医療用医薬品としても一般用医薬品のOTCとしても効能効果には脚気が含まれている。ただ今回のOTC類似薬ではビタミン剤としてはビタミンCは含まれているが、アリナミンは含まれていない。今後の見直しのなかでアリナミンもいずれ一部保険外療養費の対象のOTC類似薬になるかもしれない。