エッセーの投稿

検査パニック値


 横須賀の衣笠病院で週2回の外来を行っている。外来をしているとときどき臨床検査科からパニック値の報告がファックスで外来に流れてくる。先日も老人ホームに入居中の糖尿病の高齢女性が食欲がないと言うことで受診された。血液検査をオーダーしてしばらくすると「血糖値が800です」と検査からファックスが届いた。結果は糖尿病性ケトアシドーシスによる高血糖で即入院となった。

 このようにパニック値を見るとドキッとする。医療事故調査・支援センターから2024年12月にパニック値による死亡事故の分析報告が公表された。この事例を見ていこう。

事例1 CRPのパニック値

 多発性奇形のある10歳代の患者が嘔吐、微熱で受診した。医師は診察時に再診を1か月後に予約し、患者は血液検査後に帰宅した。臨床検査技師はCRP50mg/dLのためオーダーした医師と該当外来へ連絡した。しかし外来終了後で報告ができず、電子カルテへ検査結果を送信した。その病院ではオーダーした医師が不在時の報告ルールはなく、それ以降の連絡はしなかった。患者は、症状が続いたため3日後に受診した。医師はその時に、前回の検査結果を確認、髄膜炎および敗血症性ショックと判断し、患者は緊急入院した。

 患者は入院翌日、パニック値検出より4日後に死亡。原因は髄膜炎による敗血症性ショックだった。

事例2 PT-INRのパニック値

 70歳代、胆管癌術後、門脈血栓症に対しワルファリン内服中の外来患者で、医師が PT-INRの定期採血をオーダーした。医師は、診察日ではない画像検査日に血液検査をオーダーし、次の外来受診日に検査結果を説明する予定だった。検査結果は、PT-INR 7.71 であった。臨床検査技師は、医師に「PT が異常値です。異常値なので電子カルテで確認してください」と電話で報告した。しかし事後の調査では医師はパニック値の報告を受けた記憶がなかった。患者は、次の外来日前夜に会話が不能となり救急搬送された。病院到着後死亡。

 パニック値検出より1 週間後の死亡だった。死因は、視床出血からの閉塞性水頭症による脳幹損傷だ。

事例3 高カリウム血症のパニック値

 80歳代、大腸癌術後、2型糖尿病、虚血性心疾患の既往ある患者。胃部不快感の訴えと水分摂取しかできないので救急外来を受診した。腹部X線検査でニボー像があり、当直医師は生化学検査の結果確定前に、消化器内科医に電話で相談し、症状が乏しいことから翌日再診の方針とした。患者の帰宅後に臨床検査技師は当直医師へK 6.5 mmol/Lの他、複数のパニック値があったため、当直医師は消化器内科医へ再度相談したが、翌日再診の指示に変更はなかった。

 患者は翌日再診より約3 時間後、パニック値検出より約16時間後に死亡した。死因は、高カリウム血症に関連した不整脈だった。

事例4 低カリウム血症のパニック値

 70歳代、腎腫瘍にて腎摘出術後、鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症のため合成鉱質コルチコイド、塩化カリウム内服中。陰嚢水腫根治術後の入院患者。手術翌日の定期採血で臨床検査技師は、K 2.5 mEq/Lのため病棟へ連絡した。医師は内服再開と通常の点滴交換の時間(約2時間後)に塩化カリウム投与の指示を入力した。看護師が塩化カリウム投与のため訪室するとすでに患者は心肺停止状態であった。

 手術翌日、パニック値検出より約3 時間半後に死亡した。死因は、電解質異常による不整脈だった。

事例5 血液ガス検査のパニック値

 80歳代、前立腺肥大の経尿道的レーザー前立腺切除術後の入院患者。術後覚醒が不良のため、血液ガス検査オーダーが出された。動脈血液ガス分析検査の結果はpH6.86と表示されたが、PaCO2、HCO3-、BE(ベースエクセス)の検査結果は表示されなかった。検査値を把握した担当医はアシドーシスがあることは認識していたが、PaCO2、HCO3-、BEの値が不明であるため原因を推定できなかった。検査機器には「値が異常高値の場合、表示されない」という特性があったが臨床検査技師は知らなかった。

 患者は術後約15時間半後、パニック値検出より約11 時間半後に死亡した。死因は、術後CO2ナルコーシスに伴い、呼吸抑制や血圧低下が生じたことによる心不全だった。

事例6 肝機能検査のパニック値

 60 歳代の大腸癌術後の患者、肝転移に対し外来化学療法中である。化学療法第2クール開始前の定期採血で、AST 855 U/L、ALT 932 U/Lであったが、医療機関が設定したAST、ALTのパニック値の閾値は、「1,000 U/L以上」のため臨床検査技師から医師への報告対象外であった。医師は検査結果を未確認で、化学療法の薬剤を処方した。薬剤師、看護師は、検査結果を確認しなかった。内服14日目の定期受診時に、医師は前回の検査結果を確認し、患者は緊急入院した。入院後、薬剤性肝障害と判断され、ステロイドパルス療法を行った。

 しかし、患者は入院10 日後、パニック値検出より約3 週間後に死亡。死因は、薬剤性肝障害の可能性だった。

事例7 D-ダイマーのパニック値

 40歳代の右変形性股関節症に対し寛骨臼回転骨切り術後の入院患者。術後の定期採血でD-dダイマーのパニック値の設定がされていた。術後17日目にD-dimer が64.3 μg/mlと上昇したため看護師は医師に報告した。術後D-dimer が15 μg/ml以上は、医師は静脈エコー検査を行い深部静脈血栓症の検索を行うことになっていたが、検査を実施しなかった。

 患者はリハビリテーション後にショック、心停止となった。急変より約2時間後、パニック値検出当日に患者は死亡した。死因は、肺血栓塞栓症による急性循環不全だった。

 以上のパニック値の事故事例に対応するため、以下のような5つの提言が医療帰庫調査・支援センターよりなされている。それぞれの医療機関で具体的な対策を行いたいものだ。

【パニック値の項目と閾値の設定】

提言 1 医療機関は、診療状況に応じてパニック値の項目(Glu、K、Hb、Plt、PT-INRなど)と閾値を検討し、設定する。

【パニック値の報告】

提言 2 パニック値は、臨床検査技師から検査をオーダーした医師へ直接報告することを原則とする。また、臨床検査部門は報告漏れを防ぐため報告したことの履歴を残す。

【パニック値への対応】

提言 3 パニック値を報告された医師は、速やかにパニック値への対応を行い、記録する。また、医師がパニック値へ対応したことを組織として確認する方策を検討することが望まれる。

【パニック値の表示】

提言 4 パニック値の見落としを防ぐため、臨床検査情報システム・電子カルテ・検査結果報告書において、一目で「パニック値」であることがわかる表示を検討する。

【パニック値に関する院内の体制整備】

提言 5 パニック値に関する院内の運用を検討する担当者や担当部署の役割を明確にし、定期的に運用ルールを評価する体制を整備する。さらに、決定した運用ルールを院内で周知する。