
著者が勤務する日本医療伝道会衣笠病院グループでは経済的困窮者に対する無料低額診療事業を行っている。また衣笠ろうけんでは家庭内暴力や風水害で家屋損壊して行き場を失った人のシェルターとしてのショートステイも行っている。こうした事業を行うのは衣笠病院グループがキリスト教病院であるからだ。
このようにキリスト教精神は、病者、罪人、寡婦、貧者など弱者の側に立つことを勧めている。このキリスト教精神はもともとキリスト教の成り立ちとも深く結びついている。
イエス・キリストが登場したのは2千年前のことだ。このころローマ帝国が地中海沿岸を統一し、地中海交易が盛んになり経済的にも上げ潮に乗ったころだ。しかしその中で貧富の格差も同時に進行した。ユダヤ人社会の間でも経済格差が広がった。ユダヤ人の中でも金持ちで保守的なパリサイ派の人々が勝ち組となってユダヤ教を率いていた。
こうした風潮に反発して登場するのが、イエス・キリストだ。「貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。」(ルカによる福音書 6:20)、「金持ちが神の国に入るよりは、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい」(マタイによる福音書 19:24)。
これに反発したのがユダヤ教保守派だ。イエスは「ユダヤの王になろうとしている。ローマの権威を否定している」と言って、イエスをローマに告発する。こうしてイエスはローマ兵によって磔刑に処せられる。
つまりイエスは今風にいうと経済左派だったのだ。経済右派のパリサイ人との間の経済論争の犠牲者でもあったのだ。
