
インフレで病院が深刻な経営危機に陥っている。人件費や材料費の高騰で病院は軒並み大赤字だ。今年は診療報酬改定年ではないので、改定率はゼロ、このまま行けば来年の今頃は大惨事になりかねない。一方、患者数も減っている。コロナ禍が過ぎても回復しない。そもそも生産年齢人口が減り始めているので、入院が減っているのが患者数減の原因だ。
2025年1月に、5病院団体が緊急的な財政支援措置の要望を福岡厚労大臣に提出した(写真)。5病院団体は日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会・日本慢性期医療協会で、以下のような要望と説明を厚労大臣に行った。
多くの病院がいま深刻な経営危機に陥っている、経営危機の理由は物価や賃金の上昇に診療報酬の上昇が追い付いていないからだ。このため「直近の病院の経営状況を考慮し、地域医療を守るため、緊急的な財政支援措置を講じること」、「診療報酬で物価上昇に対応できる仕組みの導入」、「社会保障関係費の伸びを高齢化の伸びの範囲に抑制する」財政規律の見直しなどを要望した。
2024年の診療報酬改定は本体部分がプラス0.88%の伸びに対して、インフレ率が2.5%にも達したため、結局マイナス1.62%ととなった。
このためインフレが進行するなか、急性期病院では軒並み5~6億の赤字が続出している。大学病院や自治体病院などでその傾向が強い。そしてどこでも病床稼働率が落ちている。病床稼働率低下が病院の赤字の足を引っ張る。このため100%の稼働率でようやく黒字と言うあり得ない事態になっている。
そもそも診療報酬に物価、人件費の高騰を調整する仕組みがない。またこれまで医療介護などの社会保障関係費の伸びは高齢化による伸びの範囲に抑制するという財務省の財政規律もジャマをしている。
しかしインフレに対して診療報酬を調整する仕組みはこれまで全くなかったわけではない。1970年代に、石油危機後の狂乱物価のもとで診療報酬の大幅な引き上げが行われた。とくに1974年には2度にわたる改定で35.0%も引き上げられた。1976年には9.0%、78年には11.6%の引き上げが行われた。今からは考えらない巨大プラス改定率だ。それにともなって、国民医療費も大幅に増大した。
しかし1980年代に入って、国の予算編成では社会保障関係費の抑制策が講じられるようになる。このため診療報酬についても引き上げ幅の抑制策が進められた。それ以来、長らく入院基本料は、消費税率改定を除いて長らく抑えられ続いている。このためかつてインフレ調整を行ったことすら忘れられている。
しかし今回のインフレはまだ続きそうだ。このためインフレ率を考慮した診療報酬の仕組みが再度必要だ。また上述のような社会保障関係費の伸びを高齢化の伸びの範囲に抑制するという財政規律も再考が必要だ。こうした議論を6月の骨太の方針へ向けた議論の中で盛り上げて欲しい。
さてコロナ渦が終息しても、減った入院患者や外来患者が戻らないという。新規入院患者が減って病床稼働率が低下している。しかしこの病床稼働率の低下は実はコロナ以前から始まっていたのだ。
一般病床の病床利用率は1996年の83%から一貫して減り続けいて、2022年には69%と70%を割り込んでいる。このため病院の医業利益率は一貫して下がり続け、2020年以降、コロナの補助金で持ち直したが、2024年は完全にマイナスに振れている。
この病床稼働率の低下の第一の理由は平均在院日数短縮の効果だ。診療報酬インセンテイブを通じて平均在院日数は短縮し続けている。これが病床稼働率の低下を招いている。これに加えて若者の入院が減ったからだ。3年に一度、厚労省が行っている患者調査の2023年版を見て改めて驚いた。
15歳から64歳の生産年齢の入院が1996年ごろから激減しているのだ。一方、65歳以上の高齢者人口の入院が増えている。頭では理解していたつもりだが、患者調査のグラフは衝撃的だ。1984年に80万人近くもいた0歳から65歳未満の入院患者が2023年には29万人にも減っている。40年間で3分の1の大激減だ。
つまり若者の減少とともに、急性期医療ニーズが減ったのだ。これからもニーズは減る。2010年の生産年齢人口の医療ニーズを1としたときに、2040年の医療ニーズは0.7、2060年は0.6までさがる。一方、65歳以上の高齢者の医療ニーズは増えて、2040年には1.4となり、それ以降、高齢者の人口も減るので医療ニーズは下がり2060年には1.2となる。
また手術件数もこれからも減っていく。2020年から2040年にかけて、すべての診療領域の手術件数の減少が、半数以上の二次医療圏において起きる。さらに救急搬送件数も高齢者では増えているが、増えている救急患者は軽症か中等症の救急ばかりである。
こうしたことから特に地方の人口減の甚だしい二次医療圏では、急性期医療の施設の機能集約が必要だ。急性期医療や救急を施設集約することで、医療機関は経営的にも安定する。また機能集約をすると同時に医療の質が上がることも知られている。たとえば食道がんの手術を年間5件しか行っていない医療機関と年間30症例以上行っている病院を比べると、症例数の多い病院の30日以内の手術死亡率は、症例の少ない病院よりも低い。つまり手術症例が多い病院のほうが医療の質は高いのだ。減りゆく急性期医療ニーズへの対応は。地域における急性期医療の集約にしかない。
このように稼働率が低下しインフレで経営が悪化してくると、平均在院日数を伸ばす動きが病院には出てくる。これは当然の帰結だ。入院患者が減れば病床を開けておくわけいかないので、平均在院日数の延長で病院は対処しようとする。
現行の診療報酬体系では、平均在院日数を短縮すれば診療単価や重症度、医療・看護必要度等が上がる。一方、新入院患者数が減るなか在院日数だけ短縮すると、病床稼働率や収入は減少する。たとえばある急性期病院では在院日数を1日短縮すると、診療単価が上がる一方、病床稼働率が6%減少し、収入も年間で1.8億円減少する。結局、収入を確保するためには、在院日数の延長をせざるを得ない。
これが全国の病院で起きている。とくに急性期一般入院料2,3や200床以下の地域一般入院料3においては2021年から2022年にかけて平均在院日数が約1~2日増加していた。ちなみに地域一般入院料は200床以下で看護単位が13対1,15対1の病床だ。
これはこれらの病院で新規入院が減っているからだ。こうした平均在院日数を伸ばしている急性期一般入院料2,3はいわゆる「なんちゃって急性期」の病院が多い。すでに急性期医療ニーズが激減しているのに、いまだ急性期を標ぼうして急性期医療にこだわり、地域包括ケア病棟等に転換が遅れている病院だ。本格的な急性期病院でも患者を集めるのが大変なのに、こうした病院では急性期からの経営方針の転換が遅れていて現状に追いつけていない。これにインフレの津波が襲っている。このため今回のインフレはこうした病院の経営危機をあぶりだし、病床の機能分化を促進することに繋がるかもしれない。
急性期ニーズが激減する一方、ニーズが高まるのは包括期機能と在宅ニーズだ。包括期機能とはこれまでの地域医療構想は「回復期機能」と呼ばれていた機能のことだ。この機能が新たな地域医療構想では「包括期機能」と呼称が変わった。その定義は、高齢者救急受け入れ、在宅復帰のための高齢者リハを併せ持つという意味で「包括期機能」だ。また病院機能としては、「高齢者救急・地域急性期機能」とも言う。この機能は「高齢者を始めとした救急搬送を受け入れるとともに、必要に応じて専門病院や施設等と協力・連携しながら、入院早期からのリハビリ・退院調整等を行い、早期の退院につなげ、退院後のリハビリ等の提供を確保する病院機能」としている。
具体的には地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟、そして2024年診療報酬改定で新設された「地域包括医療病棟」がこれに相当する。
この包括期機能の病床は旧地域医療構想では、2025年の必要量は37.5万床としていた。しかし結局2025年見込みでは21.1万床にしか増えず、まだ16.4万床も不足している。今回のインフレによる病院経営危機は、こうした急性期一般入院料2,3が地域包括ケア病棟や地域包括医療病棟などの「包括期機能」への転換を促すことに期待したい。