
本連載シリーズは、著者が2023年に執筆した「医療・介護DX~コロナデジタル敗戦からAIまで~」(日本医学出版)をもとに、医療DXについてQ&A形式で分かりやすく解説するシリーズだ。今回は医療DXのキモとも言えるEHRとPHRとは何かについて見ていこう。
Q&A EHR(イーエッチアール)ってなに?
EHRとは、エレクトロニック・ヘルス・レコードの略で、日本語では電子健康記録と呼ばれている。EHRは個人のあらゆる診療情報を生涯にわたって電子媒体に記録し、その情報を各医療機関の間で共有・活用する仕組みのことだ。EHRには本人の病歴や薬歴、アレルギー歴、予防接種歴はもちろん、検査値やレントゲンや内視鏡画像レポートなども蓄積することができる。
このEHR導入により以下のメリットを得られる。まず病院やクリニック、薬局などの医療機関で、患者の過去の診療情報を把握できる。これにより医師や薬剤師がより的確に診断や診療、薬の調剤を行えるという医療の質向上メリットだ。
まず病院やクリニックの外来での診察の様子を見ていこう。まずは初診の患者さんが来ると、医師は患者さんの訴えと同時に、患者さんの病歴や薬歴を訪ねる。この作業が大変だ。「今まで入院や手術をしたことありますか?持病はありますか?どんなお薬を飲んでいますか?」などを患者さんに聞く。しかし自分の病歴をすらすらいえる患者はめったにいない。薬についてはみなさんお薬手帳を持っているので助かる。ただお薬手帳を電子カルテに書き写すのが大変だ。しかし認知症の患者さんから病歴や薬歴を聞くのは難しい。さらに救急患者さんで意識がない患者さんから聞くこともムリだ。
こうしたときEHRにアクセスできれば助かる。この仕組みが日本では「全国医療情報プラットフォーム」で実現されている。この情報源は支払基金や国保中央会が蓄えているレセプト情報や特定健診情報だ。レセプト情報には診療行為、服用薬情報などがすべて載っている。また特定健診の検査データも載っている。
この日本版EHRは、今後その情報をどんどん拡張していく予定だ。一つは電子カルテ情報だ。電子カルテに蓄積されている情報の中から重要な情報を抽出してEHRに載せる。それから自治体が持っているワクチン情報も搭載予定だ。子供のころのワクチン情報は母子手帳を持ってきてもらわなければ分からなかった。外来でワクチン接種証明のために母子手帳を持ってきてもらったらボロボロになっていて文字も判別不可能なのには困った。これも電子化されていれば、立ちどころに分かる。
さらにEHRにより病院間で情報の交換ができる。EHRにはその患者が他の医療機関に移動したときも、前の医療機関でどんな医療行為が行われているかがすぐにわかる。このため紹介状のような紙媒体に出力することなくデータを医療機関間で共有することができ、医療機関間の情報交換、意見交換に役立つ。こうして全国医療情報プラットフォームは医療機関間の情報の連携を推進するとともに医療の質の向上や効率の向上にも役立つ。
Q&A PHR(ピーエッチアール)ってなに?
PHRはパーソナル・ヘルス・レコードのことだ。日本語では個人健康記録と言う。PHRはデジタルを活用して、健康・医療・介護に係る個人情報を統合的に収集し、個人単位で一元的に保存したデータのことだ。「生涯型電子カルテ」と呼ばれ、生涯に渡る個人の健康増進や生活習慣などの改善のために活用される。
PHRは実は紙ベースではすでに活用されている。たとえばお薬手帳、高血圧手帳、糖尿病手帳、母子手帳などがある。病院や診療所の外来ではお薬手帳は患者必携のアイテムだ。これに加えて最近では電子お薬手帳や、歩数計や、自己測定による血圧や血糖、体重、食事や運動、服薬情報などをスマートフォンのアプリで記録管理できる民間事業者によるPHRも出てきた。外来でもこうしたスマートフォンを患者さんが医師に提示することも増えてきた。
このようにPHRはパソコンやスマートフォン等を通じて国民・患者が自身の健診・検診、診療情報などの保健医療情報を閲覧・活用できる仕組みのことだ。とくにこれからは自身の健診や診療情報をスマフォから閲覧できるような仕組みが必要だ。これには全国医療情報プラットフォームの個人の情報をAPI連携で、自身のスマフォに落しこむ仕組みが必要だ。 米国ではオバマ大統領の時に、在郷軍人局のホームページ上から在郷軍人病院などが有する診療情報を、個人のパソコンにダウンロードする仕組みが出来た。このホームページ上からダウンロードするボタンがブルーであったことから、ブルーボタンイニシアテイブと呼ばれている。こうした仕組みが日本でも実現すれば、自分のスマフォに自分の健康情報をすべてダウンロードすることが出来るようになるだろう。
生活習慣病は自分が主治医だ。様々な健康データ、診療データを自分で管理することが、健康を守る第一歩だ。
コーヒーブレイク シャーロック・ホームズ
推理小説が大好きだ。とくにシャーロック・ホームズのファンだ。ロンドンのリージェント公園の近くのベーカー街を訪ねたこともある。ホームズの生みの親のアーサー・コナン・ドイルは1859年イギリス生まれの開業医だ。ただ開業医としての仕事ははかばかしくなく、生活のために筆をとり、名探偵シャーロック・ホームズで大ヒットし、推理小説作家として成功する。
アーサー・コナン・ドイルは医者だったこともあり、ホームズの犯人捜しの推理ロジックは診察のロジックとそっくりだ。診察は問診、視診、聴診、打診、触診などのステップを踏んで診断に至る。場合によっては臭診や舌診というのもある。一度、大先輩の医師から舌診の武勇伝を聞いたことがある。意識のない糖尿病の患者の家に往診に行って、高血糖性昏睡か低血糖性昏睡かの診断に迷ったという。それを見分けるのに、大先輩の医師は患者の尿を舌診したというのだ。今だったら尿テステープで尿糖の有無を見分けるのだが、当時はそんな便利な検査キットがなかった。このため自らの舌で患者の尿をなめたのだ。その味は甘かったので高血糖性昏睡と診断したという。
ホームズも同様に五感を駆使して犯人捜しを行う。しかし医者が診察で一番時間とエネルギーを掛けるのが問診だ。おそらく診断に導く情報の7割が問診から得られる情報だ。ホームズも依頼者の話を丁寧に聞き、仮設を立て推理をする。これなどまさに医者が病気の原因捜しを行う臨床推論のプロセスと同じだ。
最近ではこうした臨床推論にもチャットGPTが役立つ。先日外来で、30代の女性で氷をばりばり食べるという患者さんを診た。これをチャットGPTで入力したところ、なんとちゃんと「鉄欠乏性貧血」という答えが返ってきた。氷食症といって鉄欠乏性貧血に特徴的な症状だ。貧血が治ると症状もおさまる。チャットGPTもホームズ並だということが分かった。
