
図表1 厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
「医療法」は、医療の提供体制を定める根幹をなす法律だ。病院や診療所などの医療提供施設の開設・管理に関する事項などを定めている。医療法は戦後、1948年に制定されて以来、9回の改正を重ねている。今回、2025年2月14日に、医療法等の一部改正が閣議決定され、法案が国会に送られた。
今回の医療法改正の柱は以下の3つ。「地域医療構想の見直し等」、「医師偏在是正に向けた対策」、「医療デジタルトランスフォーメーション(DX)推進」だ。今回はこの3つの柱のうち「医療DXの推進」について見ていこう。
この医療DXの推進についても3つのポイントがある。1つは医療情報の一次利活用、2つ目は二次利活用、そして3つ目の医療DXの実施主体である社会保障診療報酬支払基金(以下、支払基金)の抜本改組だ。これらについて順次見ていこう。
1 医療情報の1次利活用
医療情報の1次利活用としては、「全国医療情報プラットフォーム」の構築が進みつつある。すでにオンライン資格確認等システムで特定健診情報、医療レセプト情報、薬剤レセプト情報、診療レセプト情報などは支払基金のサーバーに蓄積され、マイナポータルから本人や医療機関で閲覧可能となっている。今回の医療法の一部改正では、さらなる1次利活用について次なるステップの拡張を目指している。電子カルテ情報の共有、感染情報の共有、介護情報基盤の構築と連携だ。
(1)電子カルテ情報の共有
次のステップは電子カルテ情報の共有だ。電子カルテ情報の一部を支払基金のサーバーに蓄えることで全国の医療機関が電子カルテ情報を共有することだ。医療機関が、電子カルテ情報の3文書(健診結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリー)と6情報(傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報)を支払基金に送り、電子的に共有できるようにする。
このため医療機関に電子カルテの3文書6情報を支払基金等に電子的に提供するように義務付ける。ただし支払基金等は3文書6情報を電子カルテ情報共有サービス等以外の目的に使用してはならないとしている。たとえばカルテ情報をレセプトの審査に使うことは許されない。なおこのシステムの運用費用は医療保険者等が負担する。電子カルテ情報共有サービスの概要を図表1に示した。
ただ課題は電子カルテの普及が2023年時点で全医療機関の55%程度であることだ。これを2030年までに100%を目指す。さらに課題は電子カルテ情報の連携交換のための標準様式であるHL7Fhirの様式の普及がようやく始まったばかりであることだ。一般に医療機関における電子カルテ等のHIS(Hospital Information System)の更新年数はおよそ5年から7年である。この更新時期にあわせてHL7Fhirを実装した電子カルテの普及を加速することが望まれている。このための政府は補助金として国は医療情報化支援基金(150億円)を用意している。
(2)感染情報の共有
新型コロナパンデミックは感染情報の共有に大きな課題を残した。このため次の感染症危機に備えて、電子カルテ情報と感染症発生届を連携し、それをもとに臨床研究に供するとしている。しかし現状では、医師が診療時に入力する電子カルテ用端末はインターネットから切り離されている。このため感染症発生届を出すためには、インターネット回線に接続された別の端末で、カルテに記載した感染症情報を改めて入力する必要がある。この作業が負担となっている。この負担軽減のため、感染症の発生届について、電子カルテ情報共有サービスを経由した提出を可能とする。そして感染対策が必要な時に、厚労大臣が支払基金に対して、電子カルテ情報の提供指示を可能とする。そして国は支払基金等から提供受けた電子カルテの感染症情報を、2025年4月から発足する国立健康機器管理研究機構(JIHS)に委託して解析研究を行うとしている。
(3)介護情報基盤の構築と連携、公費負担医療等の資格情報との連携
自治体が実施するこどもなどの医療費助成、予防接種、母子保健分野における情報を、マイナンバーを通じて医療機関、薬局と連携して活用する仕組みが2023年よりすでに始まっている。希望する自治体、医療機関、薬局ではマイナンバーカードによりそれらの情報を活用する仕組みだ。この自治体・医療機関をつなぐ仕組みを「情報連携基盤(PMH:Pubulic Medical Hub)」と呼んでいる。PHMのユースケースには以下がある。マイナンバーカードを受給者証として利用し、医療機関で医療費助成を受けられるようにする。予防接種、母子保健(健診)で、事前に予診票や問診票をスマホ等で入力し、マイナンバーカードを接種券・受診券として利用できるようにする。マイナポータルから接種勧奨、受診勧奨を行い、接種・検診忘れを防ぐ。それとともに接種履歴や健診結果がリアルタイムでマイナポータル上で確認できるようにする。
これまではこどもの接種情報は母子手帳に記録されていた。新人看護師の入職時の書類記入で、ワクチンの接種証明が必要だ。そうしたとき本人に母子手帳を持ってきてもらう。するとボロボロで文字がかすれ母子手帳を持ってくる。これを見ながら記載するのが大変だった。ワクチン接種歴がデジタル化されることには大賛成だ。
(4)地域連携情報ネットワークとの関係
さて全国医療情報システムとは別に、国内では地域内の医療機関や介護施設の情報連携を行う地域連携情報ネットワークがある。地域連携情報ネットワークは、医療機関や介護施設が患者情報を共有し、都道府県単位、二次医療圏単位の地域の医療サービスを円滑に提供するための仕組みだ。著者の勤務先の横須賀市の衣笠病院では「さくらネット」という地域連携情報ネットワークに参加している。
地域連携情報ネットワークは、2006年ごろより、電子的な診療情報の交換様式のSS-MIXを通じてスタートする。SS-MIXはさまざまなシステムから発信される情報を蓄積するとともに標準的な診療情報を編集きる「標準化ストレージ」からなる。先述のHL7FHIRもこのSS-MIXの発展形ともいえる。
我が国ではこのSS-MIXを用いた地域連携情報ネットワークは、2011年ころより地域医療再生基金の補助対象ともなったこと急速に増加する。それまで全国に50か所あまりしかなかった地域連携情報ネットワークが増え始め、現在では約218の地域連携情報ネットワークが存在し、それぞれの地域で活用されている。運営主体は地域ごとに設立された地域連携情報ネットワーク協議会が補助金や会費によって運営している。
全国医療情報システムは、前述のように国レベルで医療情報を統合・管理し、電子カルテ情報の共有などを推進するプラットフォームだ。一方、地域連携情報ネットワークは、特定の地域内で医療機関が患者情報を詳細な電子カルテ情報、画像情報、薬剤や検査情報等を共有できる。全国医療情報プラットフォームでは全国レベルで情報共有ができるが、電子カルテ情報は3文書6情報のように抽出情報しか得られない。一方、地域情報連携ネットワークは極めて詳細な電子カルテ情報をリアルタイムで得られるのが特徴だ。このため両者はそれぞれの特徴を活かした補完的な関係にあると言える。今後、両者の連携がさらに強化されることで、より包括的な医療情報ネットワークが構築されることになるだろう。
2 医療情報の2次利活用
次に前述のように蓄積された医療情報のデータベースの2次利活用について見ていこう。日本ではこの2次利活用が先進各国に比べて遅れていた。この2次利活用に関する法整備については、先進各国とも取り組んでいる。たとえばヨーロッパ連合(EU)では2022年にEuropean Health Data Space法案(EHDS)を提出した。このEHDS法案のポイントは、EU加盟国がヘルスデータの2次利活用にあたって、ヘルスデータを適切に管理する、研究者や政策立案者などがヘルスデータにアクセスする、ヘルスデータの一次利用(医療提供)と二次利用(研究・政策立案など)を明確に区別することなどを盛り込んでいる。
(1)各種データベースの2次利活用
わが国でもこうしたEHDSを参考にしながら、医療法により健康医療デンターの2次利活用に関する運用のための仕組みの構築を目指している。具体的には厚労大臣が保有する医療・介護関係のデータベース(DB)を始めとして、DPCデータベース、電子カルテDB
、さらに既存のがんDB、難病DB、小児慢性疾患DB、そして次世代医療基盤法に基づく仮名化情報などの各種データベースに政策立案者、研究者や企業等がリモートアクセスすることができる環境整備を目指している。そしてさらにこれらの各種データベースを安全かつ効率的に利用・解析のできるクラウドの情報連携基盤を整備する方向で検討が進んでいる(図表2)。
図表2

厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
(2)公的データベース(DB)における仮名化情報の利用・提供
これまでの公的DB(医療・介護関係のDB)では、匿名化情報の利用・提供を進められてきた。しかし、医学・医療分野の研究開発等においては、匿名化情報では精緻な分析や長期の名寄せによる追跡ができない。このため公的DBの仮名化情報の利用・提供を可能としたうえで、次世代医療基盤法の仮名加工医療情報との連結解析を可能とすることにした。
ちなみに匿名加工情報は「特定の個人を識別できないように個人情報を加工した情報であって、当該個人情報を復元できないようにしたもの」である。一方、仮名加工情報は、「他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できない」状態、言い換えると他の情報と照合すれば個人情報を復元しうる情報」のことだ。
このため仮名化情報の利用は相当の公益性がある場合にのみ認めることとし、利用目的や内容に応じて必要性やリスクを適切に審査することとした。仮名化情報の利用にあたっては、クラウドの情報連携基盤上で解析等を行い、データ自体を相手に提供しないことを基本とすることなどを盛り込んだ。
3 医療DXの実施主体
(1)医療DX実施主体としての支払基金改革
以上の医療DXに関する施策について、国の意思決定の下で速やかにかつ強力に推進するために実施主体を明確にする必要がある。この実施主体に支払基金が上がった。
支払基金は健康保険制度における診療報酬の「審査」及び「支払」について、保険者等の委託を受けて実施する審査支払の専門機関だ。今回、支払基金に医療DXに関すするシステムの開発・運用主体の母体としての機能を加えて、抜本的に改組することになった。この改組にあたっては、地方自治体の参画を得つつ、国が責任をもってガバナンスを発揮できる仕組みとした。また絶えず進歩するIoT技術やシステムの変化に柔軟に対応することが必要だ。こうした点から従来の支払基金の組織、人員体制を見直すこととした。
このため支払基金の機能が大きくかわる。このため名称を「医療情報基盤・診療報酬審査支払機構」とした。そして厚労大臣が定める医療DXの総合的な方針である医療情報化推進方針に対して、支払基金は医療DXの中期的な計画(中期計画)を担うこととした。
そしてその組織も大きく変える。支払い基金の理事会(4者構成16人)に代えて「運営会議」を設置、法人の意思決定を行い、業務の執行を監督することした。そして、医療DX業務を担当する常勤理事(CIO)を設置することした。そしてセキュリテイ対策ついては、重大なサイバーセキュリテイインシデントや情報漏洩等が発生した場合に、厚労大臣への報告義務を設けることとした。
図表3

厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
さて今後、気になるのは支払基金と国民保険連合会(国保連)との関係だ。実は審査支払機関は支払基金と国保連の二つの組織がある。支払基金は企業に勤める雇用者とその家族の保険である被用者保険に関する業務を行う行っている。これに対して国保連は自営業者や無職の人の保険である国民健康保険に関する業務を行う。
支払基金は社会保険診療報酬支払基金法により設置され、2003年に民間法人となった。一方、国保連は国民健康保険法により設立される公法人である。とともに年間約10~11億件のレセプトを審査しており、職員数はそれぞれ約4200人、約5100人である。この二つの組織間の審査基準のバラつきや効率性などの観点から、両組織の統合についても検討されている。しかし国保連は審査支払以外の業務を多く担っていることや両組織の設置根拠の違いもあり、この統合はこれからの課題だ。しかし今後、全国的な医療DX体制を構築するには両者の統合が必要だ。この支払基金と国保連の統合を今後どのように進めていくかが医療DXの推進にとっても大きな課題だ。
(2)韓国の健康保険審査評価院(HIRA)の改革
ここからは韓国の支払い基金である健康保険審査評価院(HIRA:Health Insurance Review and Assessment Agency)について見ていこう。HIRAの改革がわが国でも参考になるからだ。著者は2011年に韓国のソールにあるHIRAを訪問し、関係者と意見交換をしたことがある。
まずHIRAについて見ていこう。韓国では1977年に健康保険制度が日本の制度をモデルに導入された。当時、日本の保険制度や診療報酬制度について旧厚生省から職員の派遣や、韓国からの日本への研修受け入れなどの相互交流が行われた。そして韓国では1990年代の後半に大規模な保険医療制度改革が行われた。この改革の過程で、2000年7月にそれまで350あった保険者を国民健康保険公団のもとに一つに統合することになった。これによって韓国の全人口およそ5000万人をカバーする巨大な単一保険者が出現した。
そして保険者が統合した2000年、この国民健康保険公団からレセプトの審査・評価を行うための組織である健康保険審査評価院(HIRA)が、分離独立して作られた。HIRAは当時およそ1500人の職員を要していて年間およそ10億件のレセプトを処理していた。そしてHIRAは2004年には、レセプトの電子化も100%達成にも成功する。これは日本で言ってみれば、社会保険診療報酬支払基金と国民健康保険中央会を全国規模で情報システム統合し、さらに100%のレセプト電算化を完成したようなものだ。
この結果、HIRAには全国からレセプト・データを初めとしたさまざまなデータが集まることになり、巨大なナショナル・データベースを形成することになった。実際、HIRAは国民5000万人分の10億件のレセプト・データや医療機関からの治療結果データを集めることができるようになった。さらにHIRAは外部のデータベース情報ともリンクした。たとえば行政自治部からは住民登録データ、健康保険公団からは加入者のデータ、食料薬品庁からは医薬品データ、保健福祉部からは医師免許データを得ている。
そしてこれらのデータベースを連結した巨大DBを利活用してさまざまな分析を行っている。このデータベースはおそらく世界でも最大規模のものだろう。そして、このデータベースを使って、韓国では療養給付の適正性評価、医薬品の適正使用評価を行い、さらに治療結果(アウトカム)に基づく保険支払い方式であるPay for Performance(P4P)の仕組みまで導入した。
2011年、HIRA見学に訪問した著者にHIRAの担当者が以下のように言っていた。「これまで韓国の保険システムは日本に多くを学んできた。そして今や日本が韓国に学ぶ時期だろう」。実は2000年ごろの韓国のこうし医療保険制度改革は、1997年の韓国通貨危機と2000年の国際通貨基金(IMF)の介入ショックに起因している。当時、多くの企業が倒産し韓国経済が危機に直面していた。こうした危機バネによって保険者の情報統一による審査支払の電子化と業務効率化がなされ、さらにデータベースを基盤とした医療アウトカム評価にまで飛躍することができた。
こうした韓国の経験に我が国も率直に学ぶべきだろう。
参考文献
厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日