
厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
2022年6月の岸田内閣のときの「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針2022)」で、総理を本部長とする「医療DX推進本部」を設置する方針が示された。そして2022年10月に医療DX推進本部がスタートする。
医療DX推進本部は、医療分野でのDX(デジタル・トランスフォーメーション)を通じて、医療サービスの効率化・質の向上を実現すること、最適な医療を実現するための基盤整備を推進すること、そして関連する施策の進捗状況等を共有・検証すること等を目的としている。いわば医療DXの司令塔であり、チェック機構だ。
医療DX推進本部が最初に掲げた構想には、当時の自民党政務調査会のプロジェクト「医療DX令和ビジョン2030」の考え方が反映されている。本稿では医療DX推進本部がスタートしてから3年近くが立った現時点での「医療DX令和ビジョン2030」の進捗を振り返ってみよう。
以下に「医療DX令和ビジョン2030」の6つのポイントに沿って見ていこう。①電子カルテ情報共有サービス、②PMH(自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤)、③医療情報の二次利活用、④診療報酬DX、⑤支払基金組織見直し、⑥電子処方せん。
1 電子カルテ情報共有サービス
まず一つ目のポイントは電子カルテ情報の共有だ。電子カルテから抽出した一部の情報を支払基金のサーバーに蓄えることで全国の医療機関が電子カルテ情報を共有することができる。電子カルテ情報から抽出した情報は以下の3文書、6情報だ。3文書とは健診結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリーであり、6情報とは傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報である。これらの情報を支払基金のオンライン資格確認等システムに送り、保険者、医療機関、患者が電子的に共有できるようにする(図1)。
さらにコロナパンデミックの渦中におきた情報連携の目詰まりの反省から、次なる感染症発生時において、感染情報もこの電子カルテ共有サービスに搭載することになった。これにより感染症発症の際に、厚労大臣が電子カルテ共有情報の感染症情報の取得を可能にする仕組みも作ることになった。
しかし電子カルテ情報の共有システムのインフラとなる医療機関での電子カルテの導入がまだ途上だ。2023年現在、一般病院で65.6%、一般診療所で55%と言う状態だ。「医療DX令和ビジョン2030」では、電子カルテの普及率を2030年までに100%にするという目標が掲げられている。あと5年で本当に100%達成は可能なのか?
こうした現状にもかかわらず国はさらにその先の電子カルテのクラウド化の提案も行っている。現在の医療機関では情報システムについては院内にサーバーやネットワーク機器、ソフトウエアを保有するいわゆる「オンプレミス型」が採用されている。オンプレミスとは敷地内に設備をもつことで、それらを外部に保有する「クラウド型」との対比で使われる用語だ。
オンプレミスの課題はこれらの設備や人員を自前で院内に準備する必要がある。またサイバーセキュリテイ対策も自前で行う必要がある。また診療報酬改定時のシステム改定作業も自前で行う必要がある。また今後の生成AI等の最新技術やサービスを取り入れるなどの機能拡張も自前で行わなければならない。
こうした制約を取り除く決定版が、外部にこれら電子カルテやレセコン、部門システムを一体的に移管する「クラウド型」の導入だ。クラウド型であれば、院内にそれまでの医療情報システムと人材を抱え込むことがなくなり経費の節減につながる。さらに診療報酬改定時のカスタマイズ作業や生成AIなどの機能拡張も低費用で行えるという。
一方、クラウド化にも課題はある。クラウド化にあたっては初期費用がかかる。しかもその後はクラウドサービス利用料が発生し、それほどコストダウンにはつながらないとも言われている。また大学病院など巨大な情報システムを円滑にクラウド化できるかは不明、クラウドがサイバー攻撃に会うと、地域全体で医療機関の情報システムがシャットダウンする可能性があるなどの懸念もある。
2 自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(Public Medical Hub:PMH)
自治体が実施する健診、こどもなどの医療費助成、予防接種、母子保健分野における情報を、マイナンバーを通じて医療機関、薬局と連携して活用する仕組みが2023年よりすでに始まっている。希望する自治体、医療機関、薬局ではマイナンバーカードによりそれらの情報を活用する仕組みだ。
この自治体・医療機関をつなぐ仕組みを「自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PMH:Pubulic Medical Hub)」と呼んでいる。PHMのユースケースには以下がある。マイナ保険証を医療費助成の受給者証として利用し、医療機関を受診できるようにする。予防接種、母子保健(健診)で、事前に予診票や問診票をスマホ等で入力し、マイナンバーカードを接種券・受診券として利用できるようにする。マイナポータルから接種勧奨、受診勧奨を行い、接種・検診忘れを防ぐ。それとともに接種履歴や健診結果がリアルタイムでマイナポータル上で確認できるようにする。
PMHによるメリットも以下のようだ。まず患者にとっては紙の受給者証を持参する手間が軽減するとともに受給者証の紛失リスクがなくなる。自治体にとっても正確な資格情報に基づいて、医療機関・薬局から請求が行われることになるため、資格過誤請求が減少し、医療費の支払いに係る事務負担が軽減する。また医療機関・薬局にとっても医療保険の資格情報及び受給者証情報が手入力の負荷がセットで削減でき、医療費助成の資格を有しているかどうかの確認に係る事務負担が軽減する。
また医者にとっても予防接種情報などへのアクセスが便利になる。これまではこどもの予防接種情報は母子手帳に記録されていた。新人看護師の入職時には予防接種証明が必要だ。このためこれまでは予防接種記録が記載してある母子手帳を本人に持ってきてもらう。するとボロボロで文字がかすれた母子手帳が持ち込まれる。これを見ながら記載するのが大変だった。予防接種歴がデジタル化されるのは大助かりだ。
3 医療情報の二次利活用
次に蓄積された医療情報のデータベースの2次利活用について見ていこう。日本ではこの2次利活用が先進各国に比べて遅れていた。この2次利活用に関する法整備については、先進各国では取り組みが進んでいる。たとえばヨーロッパ連合(EU)では2022年にEuropean Health Data Space法案(EHDS)を提出した。このEHDS法案のポイントは、EU加盟国がヘルスデータの2次利活用にあたって、ヘルスデータを適切に管理する、研究者や政策立案者などがヘルスデータにアクセスする、ヘルスデータの一次利用(医療提供)と二次利用(研究・政策立案など)を明確に区別することなどを盛り込んでいる。
わが国でもこうしたEHDSを参考にしながら、医療法により健康医療デンターの2次利活用に関する運用のための仕組みの構築を目指している。具体的には厚労大臣が保有する医療・介護関係のナショナルデータベース(NDB)を始めとして、DPCデータベース、電子カルテDB、さらに既存のがんDB、難病DB、小児慢性疾患DB、そして次世代医療基盤法に基づく仮名化情報などの各種データベースに政策立案者、研究者や企業等がリモートアクセスすることができる環境整備を目指している。そしてさらにこれらの各種データベースを安全かつ効率的に利用・解析のできるクラウドの情報連携基盤を整備する方向で検討が進んでいる(図表2)。
図表2

厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
さて、これまでの公的DB(医療・介護関係のNDB)では、匿名化情報による利用・提供が進められてきた。しかし、医学・医療分野の研究開発等においては、匿名化情報では精緻な分析や長期の名寄せによる追跡ができない。たとえば医薬品の薬事関連の手続きには、原カルテに立ち返っての照合が必要だ。これを可能とするのが公的DBの仮名化情報の利用・提供だ。このため次世代医療基盤法の改正により仮名加工医療情報との連結解析を可能とすることにした。
ちなみに匿名加工情報は「特定の個人を識別できないように個人情報を加工した情報であって、当該個人情報を復元できないようにしたもの」である。一方、仮名加工情報は、「他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できない」状態、言い換えると「他の情報と照合すれば個人情報を復元しうる情報」のことだ。
このため仮名化情報の利用は相当の公益性がある場合にのみ認めることとし、利用目的や内容に応じて必要性やリスクを適切に審査することとした。仮名化情報の利用にあたっては、クラウドの情報連携基盤上で解析等を行い、データ自体を相手に提供しないことを基本とすることなどを盛り込んだ。
4 診療報酬DX
「診療報酬改定DX」について見ていこう。現状の医療機関では2年に一度の診療報酬改定に対応のため、そのシステム更新に、多大の費用とシステムエンジニア(SE)の人員の動員を行っている。改定年の3月に内容が確定し、4月から現場での運用を始めるには、改定内容をSEが読み込み、レセプトコンピューターに報酬計算ソフトとして落とし込む作業を急ピッチで行う必要がある。診療報酬の項目は数万点にも及び、入院と外来の違いや、病棟種別の違い、さらには加算との組み合わせできわめて煩雑で膨大なシステム改修に追われることになる。
今回の医療DX令和ビジョン2030の提言では、厚労省が通知文書ではなく、デジタル化された共通算定モジュールを作り、それをオープンソースとして公開することを提言している。共通算定モジュールは、厚労省、審査支払基金、ベンダーが協力してデジタル庁のサポートも得て作成するとしている。具体的には2023年から診療報酬改定DXタスクフォースを組織し、支払基金で共通算定モジュールの開発と運用体制についての検討を行っている。共通算定モジュールはまず導入効果が高いと考えられる中小規模の病院を対象に提供を開始、医療機関の新設やシステム更新時期に合わせて徐々に導入を加速させる。また診療所向けには標準型電子カルテと算定モジュールが一体化された標準型レセコンをクラウド上に構築することを考えている。
こうした共通算定モジュールの導入により、医療機関は診療報酬改定にあたっては当該モジュールの導入だけで作業がすみ、個々のベンダーの負担は大きく軽減されるだろう。さらに共通算定モジュールにより、文書による複雑かつ曖昧さを残す診療報酬解釈が疑義解釈を要することのないシンプルなものに変えることができ、診療報酬体系の簡素化にも貢献できると考えられる。
5 支払基金の組織見直し
以上の医療DXに関する施策について、国の意思決定の下で速やかにかつ強力に推進するために実施主体を明確にする必要がある。この実施主体に社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)が俎上に上がった。
支払基金は健康保険制度における診療報酬の「審査」及び「支払」について、保険者等の委託を受けて実施する審査支払の専門機関だ。今回、支払基金に医療DXに関すするシステムの開発・運用主体の母体としての機能を加えて、抜本的に改組することになった。この改組にあたっては、地方自治体の参画を得つつ、国が責任をもってガバナンスを発揮できる仕組みとした。また絶えず進歩するIoT技術やシステムの変化に柔軟に対応することが必要だ。こうした点から従来の支払基金の組織、人員体制を見直すこととした。
このため支払基金の機能が大きくかわる。このため名称を「医療情報基盤・診療報酬審査支払機構」とした。そして厚労大臣が定める医療DXの総合的な方針である医療情報化推進方針に対して、支払基金は医療DXの中期的な計画(中期計画)を担うこととした。
そしてその組織も大きく変える。支払い基金の理事会(4者構成16人)に代えて「運営会議」を設置、法人の意思決定を行い、業務の執行を監督することした。そして、医療DX業務を担当する常勤理事(CIO)を設置することした。そしてセキュリテイ対策ついては、重大なサイバーセキュリテイインシデントや情報漏洩等が発生した場合に、厚労大臣への報告義務を設けることとした。
図表3

厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
さて今後、気になるのは支払基金と国民保険連合会(国保連)との関係だ。実は審査支払機関は支払基金と国保連の二つの組織がある。支払基金は企業に勤める雇用者とその家族の保険である被用者保険に関する業務を行う行っている。これに対して国保連は自営業者や無職の人の保険である国民健康保険に関する業務を行う。
支払基金は社会保険診療報酬支払基金法により設置され、2003年に民間法人となった。一方、国保連は国民健康保険法により設立される公法人である。とともに年間約10~11億件のレセプトを審査しており、職員数はそれぞれ約4200人、約5100人である。この二つの組織間の審査基準のバラつきや効率性などの観点から、両組織の統合についても検討されている。しかし国保連は審査支払以外の業務を多く担っていることや両組織の設置根拠の違いもあり、この統合はこれからの課題だ。しかし今後、全国的な医療DX体制を構築するには両者の統合が必要だ。この支払基金と国保連の統合を今後どのように進めていくかが大きな医療DXの推進にとっても大きな課題だ。
6 電子処方せん
電子処方せんとは現在紙で行われている処方せんの運用を電子的で実施する仕組みだ。その仕組みはオンライン資格確認等システムを拡張して、電子処方せん管理サービスを支払基金等に置く。この仕組みで患者が直近で処方や調剤をされた内容の閲覧や、重複投与等のチェックが可能となる。この電子処方せんは2023年1月から運用開始している(図表4)。
図表4

厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日
2025年1月現在、全国の4万7千施設で電子処方せんの運用がされている。内訳は病院311(3.9%)、診療所8172(9.9%)、歯科診療所1010(1.7%)、薬局38,188(63.2%)と、薬局を除いてその普及は遅々としている。
しかしスタート早々、2024年12月に、電子処方せんを発行している医療機関で、処方とは異なる医薬品が薬局側で表示されるというインシデントが起きた。理由は医療機関が用いている医薬品コードが独自のコードを利用している場合、電子処方せん管理サービスで用いているコードとの紐づけがなされずに別の医薬品が表示されたという事例である。
こうしたインシデントが水を差して、電子処方せん導入率は2025年3月末でも病院・診療所の導入率が1割にも満たない状況だ。当初の目標は「2025年3月末までにおおむねすべての医療機関・薬局で導入する」だった。この目標は到底達成できない。このため厚労省は2025年1月の社会保障審議会医療保険部会において「電子処方せん導入の目標を2025年夏を目指して見直す」こととした。
見直しに当たっては厚労省は先の医薬品マスターの紐づけミスを受けて、医薬品マスター設定の一斉点検を実施する、また取引ベンダーが電子処方せんに対応していない、電子処方せんの導入が医療機関側の負担増につながっている、そもそも電子カルテが未導入であるなどの諸点ついても検討を行うとしている。
またこれまで電子処方せんは院外処方のみに対応してきた。しかし2025年1月からは一部医療機関等で「院内処方」への対応に関するプレ運用をスタートさせている。病院における外来化学療法が増えている。院内処方で外来化学療法を実施している患者の抗がん剤情報が薬局で把握できなければ、適切な服薬指導を行うことができない。このため安全な化学療法の実施にあたっても院内処方情報が必要だ。
また2024年診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」では電子処方せんにより処方せんを発行できる体制」をその施設基準で求めている。このため電子処方せんの導入目標の変更から、この加算の在り方も再検討が必要だ。
以上、現時点における医療DX令和ビジョン2030の進捗状況を振り返った。引き続き、その進捗の定期的なチェックが必要だ。
参考文献
厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日