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地域連携パスの過去・現在・未来


 図1 国立病院機構熊本医療センター 大腿骨頸部骨折の地域連携パス

 ここでは地域連携クリティカルパス(以下、地域連携パス)の基本理念を見ていこう。その歴史や、診療報酬の変遷、医療計画との関係、新たな誤嚥性肺炎地域連携パスのムーブメント、そして次世代医療基盤法による地域連携パスのアウトカム研究の新たな展望を見ていこう。

1 地域連携クリティカルパスの歴史

 第1部の第2章でパスの歴史を振り返った。1990年代の後半から始まった我が国のパスの歴史は2000年に入ってから新たな展開をみせる。それまでの院内パスから地域全体でパスを作成し運用しようという地域連携パスが始まる。

地域連携パスは2003年、熊本市の国立病院機構熊本医療センターに勤務していた野村一俊先生たち整形外科医の勉強会である「熊本大腿骨近位部骨折シームレスケア研究会」から始まった(文献1)。最初の地域連携パスは大腿骨頸部骨折などの整形外科疾患で、急性期病院と後方のリハビリ病院との間で病院間を結ぶ情報共有ツールとして始まった。図表1はシームレスケア研究会で作成された大腿骨頸部骨折の地域連携パスである。

 この地域連携パスの効果検証も熊本のシームレス研究会で行われている。その効果は以下の4つである。①患者・家族の転院不安の解消、②病院間の説明の不一致の解消、③病院間での診療目標やプロセスの共有化、④総在院日数の短縮。これを以下に見ていこう。

 まず①の患者家族の転院不安の解消が挙げられる。患者は手術をした急性期病院に最後まで過ごして退院できると思っている。しかし術後は急性期病院から回復期リハビリテーション施設へ転院することになる。この転院を地域連携パスであらかじめ患者・家族に知らせることを行った。患者にとって転院は不安なものである。こうした不安・不満の解消に地域連携パスの患者パスによる情報共有が役立った。

 次に地域連携パスは②の診療内容に関する病院間の説明の不一致の解消につながる。転院前の病院と転院後の病院間で説明の食い違いが患者の不信を招く。地域連携パスを作成するときに、診療内容に関する医療機関間で事前すり合わせを行うことで、病院間の説明の不一致の解消を計る。これで患者の信頼感が増す。

 ③の病院間での診療目標やプロセスの共有化も地域連携パスで行う。病院間で診療の目標やプロセスを医療機関間で共有することにより、より効果的で効率的な医療サービスの提供や病院間の連携を行うことができる。

 この結果、④の地域連携パスで総在院日数の短縮化も図られることが分かった。その理由は以下である。まず地域連携パスによって急性期病院から回復期リハ病院へのタイムリーな転院が行えるようになった。このため急性期病院側の平均在院日数が短縮した。回復期病院側ではリハビリ治療に適切な時期に患者を受け入れることでリハビリ効果が上がり、回復期病院側の在院日数も短縮した。このため地域の総在院日数の短縮が図られることになった。

 この地域における総在院日数の短縮に目をつけたのが厚労省保険局医療課だ。このことから地域連携パスが診療報酬にも取り上げられることになる。

2 地域連携パスの保険収載

 まず2006年の診療報酬改定で大腿骨頸部骨折の地域連携パスが保険収載され、さらに2008年には脳卒中、そして2010年にはがんの地域連携パスの保険収載へとその対象疾病が拡大した。地域連携パスは、急性期病院には地域連携診療計画管理料900点、回復期リハ病院には地域連携診療計画退院時指導料600点、200床未満の病院・診療所には地域連携診療計画退院時指導料300点と高額の点数が付いた(図表2)。

図表2

 その後、地域連携パスは大腿骨頸部骨折や脳卒中については広がりを見せた。しかしがんの地域連携パスについてはあまり普及しなかった。普及しなかった理由は、手続きの煩雑さである。事前に地方厚生局への地域連携パスの実施の届け出を施設が行うことが要件であったこと、連携施設間での地域連携パスのやり取りなどの運用の事務手続きが煩雑であったことが挙げられる。このため2014年から2016年にかけて地域連携パスの算定実績を中医協が調査したところ、低いレベルに留まりほとんど伸びていなかった。

 当時、著者は中医協の専門組織入院医療等調査・評価分科会の座長を務めていた。2015年7月に地域連携パスの算定実績の低さが同分科会で問題となった。厚労省事務局は算定実績が伸び悩んでいることから、「地域連携パスは退院調整加算に整理しては?」と言う提案がなされた。著者も地域連携パスについては応援する立場にあったが、あまりの算定実績の少なさから結局、事務局の意見に同意せざるを得なかったことを覚えている。その後、地域連携パスは中医協での議論をへて、2016年には見直しが行われ、地域連携パスの評価は退院支援加算の評価に統合され、さらに2018年の中医協の議論で退院支援加算の加算として「地域連携診療計画加算」300点で着地することになった。

3 地域連携パスと医療計画

 さて地域連携パスの定義を改めて見てみると以下のようである。地域連携パスとは「疾病別に疾病の発生から診断、治療、リハビリまでを、診療ガイドラインに沿って作成する一連の地域診療計画」と言うことができる。

 このため地域連携パスは地域医療計画においても地域連携ツールとして推奨されることになった。2007年4月に施行された第5次医療法改正における医療計画の見直しでは,地域連携パスの作成が推奨された。地域連携パスの作成が推奨される4つの疾病として「がん」,「脳卒中」,「糖尿病」,「急性心筋梗塞」が挙げられた。さらに2018年4月に施行された第7次医療法見直しにおける医療計画では「精神科地域連携パスの作成がのぞましい」とされた。さらに第8次医療計画見直しの指針にも「状況に応じて、地域連携クリティカルパス導入に関する検討を行うこと」との記載も盛り込まれている。このように地域連携パスは医療計画の中では推奨されて今日に至っている。

 では改めて医療計画について振り返ってみよう。医療計画とは医療法に定められた医療提供体制に関する基本計画だ。国がその指針を定め、都道府県が実施する。医療計画のポイントは二つ、一つには病床計画であり、もう一つは地域の医療連携体制の構築だ。医療計画は医療法の改正により1986年に第一次医療計画が導入された時からスタートする。その後、5年に1回、最近では6年に1回の改正を経て、現在の医療計画は2018年スタートの第8次医療計画となっている。

 この医療計画に疾病別の医療計画が導入されたのが、2007年の第5次医療計画からだ。このときから4疾病5事業別に医療計画を立案することになった。4疾病5事業とはがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病を指し、5事業とは救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児医療を指す。疾病別に医療計画を立案することは当時としては画期的であった。この疾病別の医療計画に、当時できたばかりの地域連携パスが記載される。そのころの厚労省の担当者の地域連携パスに対する熱い期待が伺われる。

 そして2014年からスタートする第6次医療計画には4疾患に加えて精神科疾患が加わり5疾患となる。当時、筆者は第6次医療計画の国の指針を作成する医療計画見直し検討会の座長を務めいてた。この精神科疾患が医療計画に加わることについては画期的なこととして受け止めた。精神科疾患が医療計画に入ることで精神科地域連携パスの普及の糸口になると考えて、前述のように精神科地域連携パスの記載を国の指針に入れるように働きかけ、成功した。

4 誤嚥性地域連携パス

 さて最近の地域連携パスの新しいムーブメントについて見ていこう。それが誤嚥性肺炎地域連携パスや心不全地域連携パスの動きだ。2025年、戦後生まれの800万人の団塊世代が後期高齢者となる。こうした後期高齢者の激増に伴って、高齢者の誤嚥性肺炎や心不全が急増している。このため急性期病床はこれらの疾患の高齢者で埋め尽くされている。このため誤嚥性肺炎地域連携パスあるいは心不全地域連携パスの出番である。

 まず事例を見ていこう。浜松市では2021年4月より「浜松肺炎地域連携パス」の運用を開始した。肺炎の患者さんに対して地域の病院と連携施設・維持療養施設(かかりつけ医等も含む)が連携し、地域全体で誤嚥性肺炎や市中肺炎の治療を行うようにした。

 浜松肺炎地域連携パスは、浜松市にある聖隷浜松病院の呼吸器内科部長の中村秀範氏により運用が開始された。同病院の呼吸器内科の疾患において、肺炎や誤嚥性肺炎の患者数が占める割合は約23%だ。このうち誤嚥性肺炎は年間77人(2018年)ほどいる。誤嚥性肺炎は一旦よくなっても食事を再開すると再燃を繰り返す。また併発症・合併症も多いため転院や自宅退院まで時間がかかる。このため急性期病床を占領しがちだ。このことから急性期病院での急性期の治療後は速やかに連携医療施設へ転院を行い、急性期病院が満床で救急患者を受けいれられない状況をつくらないようにすることが大事だ。

 こうした経緯から肺炎地域連携パスを作成することになった。具体的には急性期病院、連携医療施設、維持療養施設の3施設を結ぶ図表3のような地域連携パス(患者パス)を作成した。

図表3

聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス 浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)

 浜松肺炎地域連携パスの適応は、原則65歳以上の肺炎患者だ。肺炎は細菌性肺炎、 誤嚥性肺炎、その他医師が認めた肺炎患者とする。急性期病院入院後、約20日前後で連携医療機関に転院・退院する。退院や転院基準は連携医療施設・病院ごと設定する。さらに維持療養期はかかりつけ医も含めた医療機関に転送する。

 この浜松肺炎地域連携パスの効果を見ていこう。肺炎地域連携パスを使用した群と非使用群で比較した。すると肺炎地域連携パスを使用した36例と、使用しない非使用群142例を急性期病院での入院日数を比較すると、使用群では20.1日であったのに対し、非使用群では36.5日と明らかに肺炎地域連携パス使用群で短かった(図表4)

図表4

聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス 浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)

 次に心不全地域連携パスの事例を見ていこう。高齢者が急性期病床を占有する原因疾患のもう一つは心不全だ。最近、とみに心不全の外来患者が増えている。著者も横須賀市の衣笠病院で週2回の外来診療を行っている。外来をしていると毎回、必ずと言っていいほど両下肢浮腫と息切れの高齢患者さんがやってくる。心不全の患者数は毎年1万人ずつ増加していて、2030年には130万人に達すると推計されている。また心不全の患者は入院治療後、退院してもすぐに再発して救急搬送されて再入院するケースが多い。このため心不全の患者が急性期病床埋め尽くされる「心不全入院パンデミック」になりかねない。

 心不全の患者の問題点は、塩分や水分制限の不徹底、感染症、治療薬の中断、過労や不整脈等により心不全が急性増悪し何度も入退院を繰り返すことだ。なかには最大27回も入退院を繰り返した心不全患者もいるくらいだ。こうした心不全を日常的にコントロールし再入院に至らせないような退院後の外来や在宅における継続診療が大切だ。

 心不全に対する疾病管理の推奨とエビデンスレベルを見ると、エビデンスレベルが最も高いAに相当するのは「多職種によるチームアプローチ」、「退院支援と継続的フォローアップ」、「心不全増悪の高リスク患者への教育支援と社会資源活用」、「感染症予防のためインフルエンザワクチン接種」などがあげらる。

 こうした観点から病院外来、診療所外来、在宅医療の現場で多職種チームで心不全患者を継続的に診ていく仕組みが必要だ。そしてその仕組みとしての心不全地域連携パスが全国各地で作られるようになってきた。

 そうした例の一つの岡山県の「心不全倉敷地域連携パス」を見ていこう。岡山県の倉敷中央病院の循環器内科では、2008年7月より「心不全患者さんの再入院予防」を目標として、連携病院とともに「心不全地域連携の会」を立ち上げた。当初は病院の医師の間での連携の会であったが、現在では多職種(看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、医療ソーシャルワーカー、地域医療連携室)や地域の開業医の参加もする会となった。この心不全地域連携の会が主催して、2016年9月からは心不全地域連携強化のため近隣の12の連携病院とともに心不全地域連携パスの導入が始まった。図表5に倉敷中央病院の心不全連携パスを挙げておく。

図表5

倉敷中央病院の心不全地域連携クリティカルパス 心不全地域連携の会

5 次世代医療基盤法と地域連携パスのアウトカム研究

 ここからは2017年に成立した次世代医療基盤法とそのデータベースを活用した地域連携パスのアウトカム研究の可能性について見ていこう。

(1)次世代医療基盤法とは?

 次世代医療基盤法は2017年に成立し、2018年5月より施行されている。次世代医療基盤法とは、国から認定を受けた事業者が医療機関等から電子カルテ、レセプトデータ等の医療情報を集め、そしてそれを名寄せの上、患者本人と特定できない様に匿名加工を行い、データベース化する。そのデータベースを研究者や企業などが、健康・医療分野における研究開発に利活用することを目的とした法律だ。法律が施行されて以降、国の認定事業者には以下の3つの事業者、一般社団法人ライフデータイニシアテイブ、一般財団法人日本医師会医療情報管理機構、一般財団法人匿名加工医療情報公正利用促進機構が認定されている。

 次世代医療基盤法の正式名称は「医療分野の研究開発に進ための匿名加工医療情報に関する法律」である。本法では以下の通り目的と概要を定めている。医療分野の研究開発に資するため、匿名加工医療情報に関し、匿名加工医療情報作成事業を行う者を認定し、医療情報及び匿名加工医療情報等の取り扱いに関すする規制等を定めている。そしてこれをもって健康・医療に関する先端的研究開発及び新産業創出を促進することとしている。

 では次世代医療基盤法の3つの特徴を、同法に基づいて作られたガイドラインから、見ていこう(図表6)。一つ目の特徴は、多様な主体から多様なデータを収集し「名寄せ」することが可能な点である。同法律では認定事業者は、高い情報セキュリテイを確保した上で、医療機関等から電子カルテ情報、レセプトデータ、画像情報、健診情報を顕名のまま収集し、同一人を名寄せの上、復元不可能な匿名加工を施した上でデータベースを構築する。収集元は病院、診療所等の医療機関ばかりでなく、介護施設、地方公共団体や学校など様々な主体が含まれる。こうした様々な場所に分散保存されている情報を名寄せした上で、連結解析できることが大きな特徴だ。

 2つ目の特徴は、そのデータの大規模性である。認定事業者の要件として、収集するデータは医療の診療結果などのアウトカム情報を含む医療情報を少なくとも年間100万人以上の規模で収集できることが要件となっている。アウトカム情報には疾病の転帰や、在院日数などの情報で医療評価に用いられる情報だ。

 3つ目の特徴は、国の認定を受けた民間法人が運営を行い、その利活用の手続きが合理化されていることである。たとえばデータの利活用に際しては必要な匿名加工を民間の認定事業者の責任で実施するとしている。また外部からのデータの利活用の要望の是非については認定事業者の中に設置された委員会で審査される。このためデータ利活用者が改めて倫理審査委員会の承認を得る必要はないことも利点のひとつだ。

 なおデータを提供する医療機関等はあらかじめ本人に認定事業者への情報提供を通知し、本人がその提供を拒否しない限り、認定事業者に対して医療情報を提供することができるというオプトアウト方式を取っている。

図表6

内閣府健康・医療戦略推進事務局 改正次世代医療基盤法について 2024年4月

(2)次世代医療基盤法データベースの地域連携への応用

 次世代医療基盤法データベースの地域連携への応用について考えて見よう。次世代医療基盤法のデータベースにより地域連携に関するプロセス分析やアウトカム分析が可能となるだろう。次世代医療基盤法によるデータベースでは、たとえば脳卒中の患者に着目して、名寄せによってその患者のたどる医療機関や介護機関等の地域連携パスのプロセスを追跡することができる。たとえば脳卒中の発症から最初に入院した急性期病院における入院手術の詳細、回復期リハビリ施設における疾病別リハビリのプロセス、介護施設や在宅などにおける維持期リハビリケアの状況など一連の患者ケアのプロセスを一人の患者に着目して追跡することができる。こうした一連のプロセスについて、総在院日数の分析や合併症発生率、在宅復帰率、ADL改善率などを明らかにすることができる。また次世代医療基盤法データベースとナショナルレセプトデータベースと結合すれば、それぞれの医療機関における医療費のコスト分析も可能となる。

 いわば次世代医療基盤法によれば脳卒中の地域連携パス分析をデータベース上で行えるという画期的な方法論を提供できる。こうした脳卒中患者の地域におけるケアプロセス分析から、もっとも費用対効果の高い地域ケアプロセスを検出することで、脳卒中の地域におけるベストケアプロセスを見出すことも可能だ。これは脳卒中だけに限らない、大腿骨近位部骨折、がん、糖尿病など生活習慣病などの地域連携パスをデータベース上で分析することができる。こうした意味で今、次世代医療基盤法のデータベースを用いた地域連携パス分析に期待が高まっている。

 以上、地域連携パスの過去、現在、未来を振り返ってみた。特に次世代医療基盤法に基づく地域データベースの名寄せ活用で、個票レベルでの地域連携パスのプロセス分析やアウトカム分析が可能となる。この巨大なデータベースの未来に期待したいものだ。

参考文献

1 熊本大腿骨近位部骨折シームレスケア研究会ホームページ 熊本大腿骨近位部骨折シームレスケア研究会 SCAN-HF:地域連携パス

2 聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス 浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)

3 倉敷中央病院の心不全地域連携クリティカルパス  心不全地域連携の会 – 倉敷中央病院 心臓病センター 循環器内科

4 内閣府 健康・医療戦略推進事務局 改正次世代医療基盤法について 2024年4月

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