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失敗続きの少子化対策


 2023年、合計特殊出生率が1.20で過去最低を更新した。なんと東京都では0.99で初めて1を割った。合計特殊出生率とは1人の女性が一生の間に生む子供の数だ。人口維持には2.06から2.07が必要だ。

 現在、生まれてくる子供が年間70万人しかいない。一方、死亡者数は160万人もいる。差し引き毎年人口はおよそ100万人近くも減っていく。このためもはや人口減少は止まらない。現在の1億2千万人の人口もいずれ1億人を割り込み、22世紀には6000万人の時代がやってくるだろう。

 さて日本の少子化対策は失敗の連続だ。その理由は後手に回る政策と十分な財源確保の遅れだ。そうした中、少子化対策のラストチャンスとも言うべき「異次元の少子化対策」が2024年から繰り広げられようとしている。日本の「最後の少子化対策」を見ていこう。

異次元の少子化対策

 岸田政権の少子化対策のための「子ども・子育て支援法等改正案」が、国会を通過しそうだ。その財源を巡り多くの議論を呼びながらも、2024年4月19日、衆院本会議で自民・公明両党の賛成多数で可決された。現在、参院に送られて審議されているが、本国会で成立するだろう。岸田政権の少子化対策は「異次元の少子化対策」と呼ばれた。おそらくこれがわが国で最後の少子化対策になるだろう。わが国のこれまでの少子化対策について見ていこう。

1 少子化と人口減

 1年間に生まれる子どもの数を示す「出生数」が2023年に72万6000人となった。これは国が統計を取り始めた1899年以降、最低の出生数である。このため1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の指標となる「合計特殊出生率」は、2023年は1.20で過去最低を更新した。東京都では0.99で初めて1を割った。

このまま子供が生まれなくなれば、人口はどんどん減っていく。現在の1億2435万人はあと30年後の2056年には1億人割れし、来世紀の2100年には6200万人まで減少する。思えば日本が1億人の人口に達したのは1967年の高度成長期のころだ。そして2008年に1億2808万人の日本の人口の最高ピークを迎えたあとは減少局面に入り、前述のように2056年に1億人を割る。つまり日本が1億人超えの人口を誇っていた時代はたかだか90年しかなかったのだ。22世紀の日本人が、21世紀を振り返ってみれば、「日本でも人口が1億人以上の時代があったんだ!」と懐かしく思い出すに違いない。

2 日本の少子化対策は失敗の歴史

 これまでの日本の少子化対策の歴史を振りかえってみよう。少子化対策のチャンスは過去3回あった。しかしいずれも失敗している。最初のチャンスは団塊世代の子供たちである団塊ジュニアによる第二次ベビーブーム(1971年から1974年)の後の1975年以降の出生率低下の局面だ。ただこのころは専門家の間でも団塊ジュニアの子供たちが作る第3次ベビーブームが来て、いずれ人口は回復するだろうと楽観視されていた。ところがいつまで待っても第三次ベビーブームはやってこなかった。

実は先進各国とも戦後のベビーブームを経て、この1970年代後半から80年代にかけて、出生率が減少する局面に入っていた。その1970年代後半に起きたのは先進各国の間での少子化対策への注力の差だ。たとえばこの頃の少子化対策で出生数が反転したスウェーデンやフランスのような国と、日本、ドイツ、イタリアのように歯止めがかけられなかった国との間に大きな差が生まれた。スウェーデンは1970年代以降、包括的な家族政策を推進し、出産育児と家庭外就労の両立支援策が効を奏して、1980年代の合計特殊出生率2.13にまで反転回復に成功する。フランスはスウェーデンほどの反転回復は起きなかったが、出生数の下げ止まりには成功して、その後の2010年には合計特殊出生率2.0への反転回復に成功している。このように1975年以降の少子化対策の差が各国の現在に大きく影響している。こうした国際比較は次の項でも詳しくみていくことにする。

さて話を日本にもどそう。1975年代の少子化対策に後れを取った日本は、1990年代前半の出生率の減少局面では、さすがに政府も少子化対策に本腰を入れ始める。しかしその少子化対策は、戦前のように「産めよ増やせよ」と言う出産奨励策はタブー視され、質量とも十分ではなかった。さらにこのころ経済バブルがはじけて、長期にわたる経済の停滞期に入ったことも影響する。このため出生率の低下を抑えることはできなかった。

 三番目の失敗は1990年代後半から2010年代前半である。この頃から日本は少子化問題の深刻さに息を飲むことになる。理由はバブル崩壊による経済危機の長期化、晩婚化の進行、未婚者の急増により合計特殊出生率が2005年には1.26にまで落ち込んだ。いわゆる「1.26ショック」である。その後、2015年に1.45まで回復する。しかしこれは30代女性の駆け込み出産の一次的な増加で、その後、再び下降局面にはいり、2022年には再び1.26までに落ち込む(図表1)。

図表1

山崎史郎 「異次元の少子化対策とは」2023年10月

 以上のような経緯が、今回の異次元の少子化対策に繋がる。これが少子化対策のラストチャンスであることは火を見るより明らかだ。というのも2030年に入ると子供を産む若年女子人口の減少が始まるからだ。今回の異次元の少子化対策が成功しなければ、人口減に全く歯止めがかからなくなるだろう。今さら言っても遅すぎるが、1975年代のまだ国力にも余裕のあったころに将来を見据えて大胆な少子化対策を講じていれば良かったと思う。明らかに少子化対策の初動の失敗が今に尾を引いている。

3 少子化対策の国際比較

では先進各国の出生率の推移を見ていこう。アメリカ、フランス、スウェーデン、イギリス、イタリア、ドイツの出生率は、1960年代までは第二次大戦後のベビーブームを背景に、すべての国で2.0以上の高水準だった。それが1970年から80年ごろにかけて低下傾向になり2.0を割り込むようになる。

その後、1980年代ごろを境として、出生率が回復する国とさらに減少する国の二手に分かれる。アメリカ、フランス、イギリスは出生率が上昇し、日本、ドイツ、イタリアは出生率がさらに減少し、その差が広がり始める。第二次大戦の戦勝国であるアメリカ、フランス、イギリスは出生率を持ち直す一方、敗戦国の日本、ドイツ、イタリアは出生率の低迷が続く。このため日本、ドイツ、イタリアは出生率の第二の敗戦国と呼ばれた(図表2)。なおドイツは最近、出生率の回復が見られるが、日本とイタリアは相変わらず低迷している。

図表2

 内閣府 令和3年版少子化社会対策白書 2021年6月11日

どうしてこのような差が生じたのだろうか?フランスやスウェーデンは1980年代に出生率が1.5~1.6台まで低下した後、2014年にはフランス1.98、スウェーデン1.88まで揺り戻している。

少子化対策は大きく経済支援と保育支援の二つに分けられる。経済支援は児童手当や家族手当、教育支援等である。一方、保育支援は、出産・子育てと、子育てをしながら就労するいわゆる「両立支援」よりなる。この経済支援と、両立支援が出生率回復のポイントだ。フランスでは家族手当等の経済支援中心から、1990年代以降、保育の充実へとシフトし、さらに出産・子育てと就労に関して幅広い選択ができるよう「両立支援」を強化する政策が進められた。

ここでは出生率の回復に成功したフランスと徐々に出生率を回復しつつあるドイツの状況を日本と比べながら見ていこう。2020年のフランスの出生率は1.83である。フランスでは就労と子育ての両立支援は日本よりも強固である。働き方改革による労働時間の短縮、父親休暇、家族の出来事休暇など子育てを社会全体でサポートする制度も充実させている。また日本では児童手当は月額1万3千円で頭打ちだが、フランスでは第2子は1万6千円、第3子は2万円と増額される。さらにフランスでは「N分N乗方式」と言って子どもの数が多いほどより低い所得税率が適用される方式により、税制面から多子家庭にインセンティブが与えられている。

フランスのこうした少子化策の財源を見ていこう。フランスはドイツとの間で過去何回も領土を巡った戦争の経験から、隣国ドイツに対して人口優位を保つことが政策の優先課題となっている。このため為政者は出産奨励を公言してはばからない。このため少子化対策の財源確保にも前向きだ。これに対して前述のように日本で戦前はともかく今や出産奨励を声高にいう為政者はいない。そしてシルバー民主主義もあり、高齢者対策への予算確保の優先順位が高い。

さらにフランスはカトリックの国らしく家族政策を重視する伝統がある。企業も子供を持つ労働者の家族手当の6割を負担して、労働者の企業への忠誠心を高め、安定した雇用を図っている。ただこの企業拠出金も1991年の社会保障目的税が導入されることにより一部租税化される。一方、日本では子育てに社会保険を充てることに企業側は消極的だ。

次に近年、出生率を1.53までに引き上げたドイツを見ていこう。ドイツも隣国フランスの目覚ましい出生率の回復に衝撃を受けて、少子化対策を本格化させる。ドイツは他のヨーロッパ諸国の家族政策を参考に、自国の政策を見直し、積極的に出生率の回復を目指した。2007年から導入された第1子出産を促すために、本人手取り所得の67%まで両親手当を支給する制度を始めた。また14歳未満の子供の保育費用の3分の2までを必要経費として所得控除の対象として認めたりした。また第1子・第2子には2万5千円、第3子には3万円の月額支給額を行った。このようにドイツでは現金給付の制度だけでなく、子供のいる家庭を積極的に支援することや、仕事と子育ての両立を実現する政策を加速させた。またドイツは経済成長の回復も成し遂げている。この経済成長のボーナスを少子化財源に充てている。ところが日本とイタリアは先進各国の中でこの30年、経済成長を成し遂げられていない国だ。少子化財源を確保できなければますます少子化が進むばかりだ。

もともと日本は少子化財源の規模が他の先進国と比べて低かった。2011年から2013年の各国の少子化対策支出の対GDP比をみるとイギリス3.76%、スウェーデン3.46%、フランス2.85%、ドイツ2.17%に対して、日本はなんと1.25%とおよそ3分の1以下だ。これを3倍増にするくらいでないと、日本の出生率は増えないだろう。しかし低成長と防衛費負担の中で少子化対策の財源の行先は不透明だ。

4 これまでの日本の少子化対策

 以上のような世界のトレンドを念頭におきながら日本のこれまでの少子化対策を見ていこう。日本では前述のように1975年代の団塊ジュニアの第二次ベビーブームが去った後の少子化対策の初動に後れを取った。そのあとの本格的な少子化対策は1989年の合計特殊出生率が1.57に低下するまで待たなければならなかった。こうしてようやく1994年に「エンゼルプラン」などの緊急保育対策が始まる。また育児休業給付創設も始まる。

そして2001年に待機児童ゼロ作戦、そして2003年の少子化社会対策基本法と少子化社会対策大綱へとつながる。しかし前述したように少子化対策はその質や量ともに不十分で、合計特殊修正率は2000年には1.36、そして2005年には1.26まで落ち込む。

 そして2010年少子化社会対策大綱を見直し子供・子育てプランを作成し、これが2012年の子ども・子育て支援法に繋がる。そして特殊合計出生率は2010年、1.39、2015年は1.45とやや上昇するが、これは先述のように30歳代女性の駆け込み出産増加による一過性の増加であった。

 2020年代に入ると、2021年の新子育て安心プランで待機児童対策が作成され、2022年4月不妊治療の保険適用や2022年6月の「こども家庭庁」がスタートする。しかし合計特殊出生率は2020年1.33、2022年1.26と下降していく。

 そして2023年6月異次元の少子化対策である「こども未来戦略方針」が決定される。

5 少子化対策は複合対策と時間勝負

 さて少子化対策、特に出生率向上に即効薬はない。対策はきわめて複合的で多様な以下のような対策パッケージである。

①所得・雇用対策、すなわち賃上げ、非正規の解消策など、②出産、不妊治療などのライフプラン、③仕事と子育ての両立、とくに出産退職の問題など、④子育て支援体制の整備、育休と保育問題、0~2歳児問題など、⑤育児の経済的負担の軽減、すなわち子育て費用、教育費用の負担など、⑥育児の孤立化、ワンオペ育児の解消、夫の育児参加など、⑦東京一極集中の解消、地域からの人口流出の是正、とくに40代以下の若い女性の地方都市への移動問題など。

 また少子化対策は時間勝負である。その理由は先述したように2030年に入ると若年人口の減少が加速するからだ。つまり15歳から40歳までの子供を産む女性人口が急減するのだ。このためこれから2030年までの5~6年間に出生率反転の政策を打ち出さなければならない。しかしたとえ出生率の反転に成功しても、それが人口減少に歯止めにすぐつながるわけでない。少子化対策が人口減少に効果を表すのは10年、20年という長いスパンを必要とする。しかしここで出生率の回復がなければさらに定常人口は減少するのは明らかだ。このためこの5~6年が少子化対策のラストチャンスと言われるゆえんだ。

6 少子化対策法案

 前述のように岸田政権の少子化対策を盛り込んだ「子ども・子育て支援法等改正案」が2024年4月19日、衆院本会議で可決された。この法案は政府が2023年末に閣議決定した「こども未来戦略」に基づき、2028年度までに年3.6兆円規模の対策に取り組むものだ。法案には、以下の少子化対策充実策とその財源確保策を含んでいる。

 少子化対策充実策の柱が、児童手当の大幅な拡充だ。具体的には、所得制限の撤廃、中学生から高校生年代まで支給期間の延長、第3子以降の支給額を3万円に増額などを実施する。また、妊産婦に10万円相当を給付するほか、保護者の就労要件を問わず保育所などを利用できる「こども誰でも通園制度」を始める。夫婦が14日以上の育休を取得する場合に、給付額を手取り8割相当から10割相当に引き上げる「出生後休業支援給付」も創設する。

 問題は財源策だ。政府は少子化対策に、2026年度までに年間3.6兆円の支出を行う。この2026年度までに3.6兆円という規模は子供一人当たりの家族関係支出ではOECDトップのスウェーデンに達する水準だという。

そしてこの財源は、歳出改革で1.1兆円、規定予算の活用で1.5兆円、そして支援金で1兆円としている。支援金の徴収は2026年4月から始める。2026年度には約6,000億円を徴収し、2028年度までにそれを1兆円にまで拡大する。具体的には2028年度の国民一人当たりの月間平均負担額の推計値は450円となる。

支援金は、後期高齢者も含む医療保険制度の加入者全体で負担する。会社員や公務員の場合は、年収の0.4%程度(2028年度以後・子ども家庭庁試算)を労使折半で負担することになる。 支援金は、世帯の子どもの有無にかかわらず徴収するため、子どものいる世帯からも支援金は徴収されることになる。

しかし、この財源で特殊合計出生率が1.26まで落ち込んだ現状を2.0まで反転回復できるのだろうか?ドイツの例を見てみよう。ドイツでも子供のいる家庭を積極的に支援することや、仕事と子育ての両立を実現する政策を加速させた。これにより1994年の出生率1.24を2020年では1.53まで引き上げることに成功した。ただ出生率を1.53までに反転するのに26年もかかっている。少子化対策で成果を上げるには長い期間と息の長い財源注入が必要だ。この間、医療保険制度からの支援金だけで賄いきれるものだろうか?やはりいずれは日本でも消費税財源も必要になるだろう。

さらに少子化対策は、前述したように所得雇用政策、出産育児支援政策などの複合的な政策パッケージだ。関係するステークホルダーも多く、対策は省庁間にまたがる。このためこども家庭庁も新設された。しかし、こども家庭庁の少子化担当大臣はなぜか若手の初入閣ポストとこれまでされている。確かに若手閣僚には若者や子育て世代と世代が近い利点もあるが、少子化対策を強力に推し進めるだけのリーダーシップがもの足りない。もっと経験豊富がベテラン議員を活用すべきだ。

さて2024年4月、民間有識者らで作る「人口戦略会議」(議長=三村明夫・日本製鉄名誉会長)は、2024年4月に全国の4割以上にあたる744自治体が、若年女性人口の大幅な減少に伴って将来的に「消滅可能性がある」とする報告書を公表した。これから始まる地方の人口減、特に40歳以下の若い女性の流出を止めなければ地方から子供たちが消えてしまう。

さて少子化対策のラストチャンスの今後を占ってみよう。残念ながら過去の失敗の例からすれば、とても今回の少子化対策が成功するとは思えない。日本の少子化対策の第4の失敗例に終わる可能性の方が高いだろう。仮に合計特殊出生率の反転に成功すればそれは「令和の奇跡」と呼べるだろう。

参考文献

山崎史郎 「異次元の少子化対策とは」2023年10月

 

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