レポートの投稿

日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会が描く日本の医療とクスリの未来


~「医薬品将来ビジョン」が描く挑戦のシナリオ~

 私たちが日常のなかで当たり前のように手にする「医薬品」と、それを支える医療の仕組みは、いま歴史的な分岐点を迎えようとしている。時はちょうど、すべての団塊ジュニア世代が高齢期に突入する2040年が目の前だ。現役世代の急減や社会保障費の増大といった「2040年問題」が本格化するなか、日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会は、日本の医薬品産業のあり方を根本から見つめ直す「医薬品将来ビジョン」を策定した。掲げられたスローガンは、「Japan Qualityの再構築、レジリエンスの強化、グローバルヘルスへの挑戦」である。医薬品を取り巻く環境はこれからどう変わり、私たちはどこへ向かおうとしているのか。その壮大な未来像を深く紐解いていく。

1 すべての土台となる、2040年「日本の大現実」

 将来ビジョンを語るうえで避けて通れないのが、厚生労働省も警鐘を鳴らす2040年の社会構造の劇的な変化だ。75歳以上の後期高齢者がさらに増え、病気を抱えながら暮らす人、認知症の人、独居高齢者が社会のあらゆる場所で急増する。もはや「病院で病気を治す」ことだけを目的とした旧来の制度設計では立ち行かなくなり、医療・介護・住まい・生活支援が有機的につながり合う「地域包括ケア」が、社会の必須インフラとして完全な定着を見せることになる。

 それに伴い、社会保障給付費の対GDP比は、2018年度の21.5%から2040年度には23.8〜24.0%へと上昇し、名目額では約190兆円規模にまで膨らむ見通しが示されている。これは国民の生活を守るためのセーフティネットであると同時に、国家財政そのものの存続を左右する最大級の政策課題となるのだ。さらに、医療・福祉分野の就業者数は約1,065〜1,068万人へと増加し、働く人の約5人に1人がこの分野に従事する超高齢社会が訪れる。しかし、それは他産業における深刻な労働力不足と表裏一体であり、医療・介護現場においてもICTの導入、ロボットの活用、徹底した業務効率化や分担の見直しが急務となる。

 少ない現役世代で多くの高齢者と多様な生活リスクを支える社会において、医薬品産業は単に安い薬を安定して供給するだけの受動的な存在であってはならない。国民の命と健康を守り、国の経済安全保障を担保し、さらには世界の医療アクセスに貢献する能動的な成長産業へと、その存在意義を根本から生まれ変わらせる必要があるのだ。

2 特許期間満了医薬品:国内の安定供給から、海外売上高1兆円のグローバル展開へ

 学会の将来ビジョンでは、「特許期間満了医薬品」「バイオシミラー」「OTC医薬品」「原薬」の4分野を個別に捉えるのではなく、相互に連携する一体的な産業基盤として強化する方針を打ち出している。特許期間満了医薬品に関しては、かつて後発医薬品と呼ばれていたジェネリック医薬品がすでに日本の特許期間満了日の数量シェアの約90%を占め、6,000万人から1億人もの人々の医療を支える不可欠な社会インフラとなっている。長期収載品は自然縮小の一途をたどり、ジェネリック医薬品が医療の中心として完全に定着して、2035年には数量シェア約95%の成熟期を迎える。

 今後の課題は、単なる生産数量の拡大ではない。大規模生産拠点の整備や企業間連携によるサプライチェーンの再構築が急務であり、製造管理システムや品質管理システムの導入を加速させて2035年には導入率100%の完全なDX化を目指す。製造工程のデジタル化や分析データの自動一元管理を通じて、品質と生産性の両面で飛躍的な向上を図るのだ。国内市場の成熟後は、海外での製造・販売を本格化させ、海外売上高1兆円規模を達成する計画である。これにより、日本のジェネリック医薬品産業は国内の医療費適正化に貢献する役割から、国際的な医療アクセスの向上に貢献するグローバル産業へと進化を遂げることとなる。

3 バイオシミラー:日本の次世代を担う「1兆円市場」への挑戦

 バイオシミラーに関しては、がんやリウマチなどの治療に欠かせない高分子のバイオ医薬品の特許満了に伴い登場する後続品が、社会保障の持続可能性を握る最大の切り札となる。現在の約1,100億円の市場規模を、2030年に3,000億〜4,000億円、2035年に6,000億円、そして2040年には1兆円規模へと急成長させる。抗体医薬品が主力となる将来に向けて、国内での研究開発力と製造技術力をかつてない規模で強化することが不可欠である。

 当面の目標として、バイオシミラーが80%以上を占める成分数を全体の60%以上とし、その後にバイオシミラー単独で全都道府県における数量シェア80%以上、金額シェア65%以上を目指す。初期段階では国内市場の足固めを行い、培養技術や遺伝子組換え技術を担う高度なバイオ人材を国内で育成する。次の段階では製剤の国内製造を推進し、さらに原薬の国内製造や日本国内での開発体制を強固なものにする。2040年に向けては、バイオシミラーの海外輸出を本格化させ、日本のものづくり品質である「Japan Quality」を国際的なブランドとして確立する。これは医療費の適正化にとどまらず、パンデミックへの備えやグローバルヘルスへの貢献を果たすための極めて戦略的な取り組みである。

4 OTC医薬品:G7最下位からの脱却と、セルフメディケーションの定着

 OTC医薬品に関しては、ちょっとした体調不良のときに自ら市販薬を選んで手当てするセルフメディケーションの社会定着が求められる。日本の全医薬品に占めるOTC医薬品の金額シェアはG7の中で最も低い水準に留まっており、この現状を打破して2040年までに先進7か国の中でトップ水準のシェア獲得を目指す。医療用から市販薬への転換であるスイッチOTCの品目数を現在の100品目から150品目以上へ拡大し、高血圧や脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病薬のスイッチ化も視野に入れる。

 この前段として、長期リフィル処方による医師と薬剤師の協同薬物治療管理を確立し、その安全性の検証を重ねる。さらに、個人や販売店に紐づいたOTC医薬品データベースを新設し、医療用医薬品データベースと連結させることで、オーバードーズの防止や重複投与のチェックを実現する。現在は一部のスイッチOTCに限定されているセルフメディケーション税制の対象をすべてのOTC医薬品へと拡大し、国民の自主的な健康管理を税制面からも強力に支援する。こうした環境整備を通じて、国民一人ひとりが自らの健康に責任を持ち、軽微な不調は自分で手当てするセルフケアの意識と社会基盤を確立し、結果として過剰診療の是正や医療機関側の大きな負担軽減へとつなげていくのだ。

5 原薬:経済安全保障を守り抜く、強靭なサプライチェーンの構築

 原薬に関しては、私たち使用する医薬品のもととなる成分の多くを海外に依存している現状を打破する。出発物質・中間体から粗原薬・原薬、そして製剤に至る分業システムにおいて、医薬品の安定供給はジェネリック製薬企業における原薬の確実な安定確保がすべての前提となっている。しかし現在の日本では原薬の海外依存が高く、国際情勢の緊張、感染症の世界的流行、自然災害、輸送網の混乱によって供給が途絶えるリスクが深刻な課題となっており、特にβラクタム系抗菌薬など国民の生命に直結する重要確保医薬品については経済安全保障の観点から国内製造や備蓄を進める必要がある。

 2026年時点では約30%にとどまる国産原薬比率を、2030年に35%、2035年に40%、2040年には50%へと引き上げる。また、2040年には複数ソース化率を60%へ到達させるという明確な数値目標を掲げ、原薬の国内製造を拡大するための課題解決を支援していく。さらに、各薬局方医薬品各条の規格の差による支障に対して日本薬局方の改正や柔軟な運用を提案し、ASEAN諸国・韓国・欧州との連携を強化することで中国やインドへの過度な依存度を緩和する。これにより、安定的かつ強靭なグローバルサプライチェーンを構築し、環境負荷を低減するグリーン・サステナブル・ケミストリーなどの専門人材を育成しながら、日本の原薬製造技術を世界へと展開していく。

6 未来を実現する「3つのステップ」と私たちの決意

 この壮大なビジョンは、2040年までの15年間を3つの明確なフェーズに分けて段階的に実行される。第1期にあたる2025年から2030年は国内基盤の整備期間であり、各分野の産業構造の見直しを進め、再編の機運を醸成しながら、国内市場の足固めと原薬の調達先多元化、OTCの普及基盤を整える土台づくりの時期である。第2期にあたる2030年から2035年は連携と進化の期間であり、企業間連携や産官学連携、異業種との協業を加速させ、製造技術のDX化、データ活用、人材育成を一体的に強化する時期である。医薬品産業を個別企業の競争だけで捉えず、社会インフラとしての持続可能性を最優先する。第3期にあたる2035年から2040年は海外展開の期間であり、日本国内で培った最高水準の技術、品質、経験を世界へ解き放ち、海外拠点の拡大や輸出、技術移転、人材交流を本格化させ、非感染性疾患やパンデミック、災害、戦争といった地球規模の医療アクセス課題に貢献する時期である。

 日本の医薬品産業が将来にわたり社会的責任を果たすためには、ただ安価な医薬品を大量に届けるだけでは不十分である。品質を固く守り、供給を絶対に途絶えさせず、次世代の人材を育て、技術を継承し、国際社会に貢献し続けることが求められている。その基盤となるのは、高度な製造技術、厳格な品質管理、透明性の高い企業ガバナンス、データの利活用、緊密な企業間および産官学連携、そして多様な人材の活躍にほかならない。日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会が示すこのビジョンは、単なる業界の成長戦略にとどまらず、少子高齢化という高い壁に挑む日本が、持続可能な社会保障制度と国民の安心を守り抜くための未来への羅針盤そのものなのだ。

参考文献 第20回日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会学術集会発表資料

2026年6月6日 東京