
高齢者救急が増えている。高齢者救急には誤嚥性肺炎、尿路感染、心不全が多い。こうした高齢者救急がいったん急性期病床に入院すると、入院期間が長期化し急性期病床を占拠する。こうした事態を回避するため、2024年診療報酬改定では、救急患者を高次救急病院でトリアージし後方病床へ転送するいわゆる「下り搬送」が導入された。
また最近、各地で導入が増えているのが誤嚥性肺炎や心不全の地域連携クリティカルパス(地域連携パス)である。下り搬送も地域連携パスも地域の中で患者の流れをコントロールするペイシェント・フロー・マネジメント(PFM)の手法に他ならない。
1 高齢者入院パンデミック
2025年、団塊世代800万人が75歳以上の後期高齢者となる。この2025年を目前に、急性期一般入院料の急性期病棟でも後期高齢者の入院患者が増えている。現状では、急性期一般入院料1(旧7対1)病棟では75歳以上の後期高齢者割合が64%となっている(図表1)。そのうち85歳以上の高齢者が半数をしめその数がじわじわと増えている。とくに2025年以降は85歳以上の人口が年率1割から2割の割合で突出して増えていき2040年にはその人口が一千万人を突破する。
図表1

厚労省中医協専門組織入院・外来医療等の調査・評価分科会 2023年8月10日
それに従って入院する後期高齢者も増えていく。ポスト2025年は急性期一般入院料の病床の7割、8割が後期高齢者で埋め尽くされるだろう。いよいよ「後期高齢者入院パンデミック」の到来だ。
このパンデミックはつぎの高齢者ピークである団塊ジュニアの高齢化の2040年までの間、およそ15年間にわたって続く。コロナ禍のコロナ入院パンデミックは3年でおさまったが、後期高齢者入院パンデミックは15年も続くのだ。そして2040年以降は高齢者人口もようやく減少が始まり、2050年にはパンデミックも落ち着いていく。
2 増える高齢者救急
こうした高齢者入院パンデミックを後押しするのは高齢者の救急搬送の増加である。それも軽症ないし中等症の高齢者の救急患者が急増している。年間の高齢者救急搬送のうち軽症患者は120万人、中等患者は160万人と10年前の1.3~1.4倍だ。その多くが急性期一般入院料の病床に運ばれる。救急搬送される疾患で多いのが誤嚥性肺炎と尿路感染そして心不全だ。
図表2

こうした高齢者の救急搬送で急性期病院に送り込まれる誤嚥性肺炎では通常、入院すれば5日程度で急性期を脱する。しかしその後、患者は嚥下訓練をしたり、床上安静による筋力低下に対するリハビリを行ったり、一人暮らしの高齢者では自宅での受け入れ体制を整えたりすることで、あっという間に1か月以上の入院期間が過ぎてしまう。
こうした患者は院内に地域包括ケア病棟があれば、急性期病棟から地域包括ケア病棟に転棟して在宅復帰へ向けてリハビリを行うことになる。しかし高齢者が増えたため地域包括ケア病棟も満床のことが多い。
3 救急患者連携搬送料
このため高齢者救急による急性病床の入院パンデミックの課題解決の1つとして、2024年度診療報酬改定では、高次救急医療機関からの「下り搬送料」である「救急患者連携搬送料」が新設された(図表3)。高次救急病院と地域の一般病院が日頃から「連携関係」を構築しておき、高次救急病院に搬送された患者について一般病院でも十分対応可能と判断された場合に、下りの「転院搬送」を行うことが評価されるようになった。いわば院内連携で急性期病床から地域包括ケア病棟に転棟させていたことを、地域の中で病院間で行うという発想だ。
図表3

厚労省保険局医療科 令和6年度診療報酬改定の概要 2024年3月5日
救急患者連携搬送料(図表3)の以下の内容を詳しく見ていこう。
(新)救急患者連携搬送料
1.入院中の患者以外の患者の場合:1800点
2.入院1日目の患者の場合:1200点
3.入院2日目の患者の場合:800点
4.入院3目の患者の場合:600点
最も高点数の「1.入院中の患者以外の患者」とは、救急搬送されてきた患者を救急外来で受け入れ、救急外来でトリアージして入院させずに他の病院に直接下り搬送した場合の点数である。それ以下は一旦入院させて、1日目、2日目、3日目に下り搬送する場合である。下り搬送のためのトリアージ期間が短ければ短いほど高点数となっている。
この救急患者連携搬送料の施設基準(図表3)の詳細を見ていこう。
(1)救急搬送について、相当の実績を有していること。相当の実績とは救急用の自動車・救急医療用ヘリコプターによる救急搬送件数が、年間で「2000件」以上の「救急医療を積極的に受けている高次救急病院」であることが要件である。こうした高次救急病院が軽症の救急患者を入院で受け入れれば、軽症の救急患者で一杯になってしまう。下り搬送はこれを防ぐための措置だ。
(2)救急患者の転院体制について、連携する他の保険医療機関等との間であらかじめ協議を行っていること。具体的には高次救急医療病院で、下り搬送の受け入れ先の「候補となる医療機関のリスト」を作成していることが必要だ。
(3)は高次救急医療機関では、連携する保険医療機関へ搬送を行った患者については、「転院搬送先からの相談に応じる」体制を整えていることが必要だ。
(4)は高次救急医療機関は連携する医療機関へ搬送した患者の病状の急変に備えた緊急の診療提供体制を確保していることが必要だ。
(3)、(4)で見るように、高次救急医療機関は「比較的軽症なのでよろしくお願いします」と転院搬送した後も、当該患者について一定の責任を負うべきことが求められる。患者を「送りっぱなし」にするのではなく、搬送先医療機関からの治療などに関する相談に応じ、また「手に負えない」「悪化した」場合には、「再度の受け入れ」などを行うことも求められる。このように地域で「高次救急医療機関」と「連携先の一般病院」とがネットワークをつくり「面で救急対応する」体制の構築が求められる。
4 地域連携クリティカルパス
上記の下り搬送は高次救急医療病院と一般病院の間のネットワークである。これに対して、高次救急医療病院以外の一般病院とその他の連携医療機関とのネットワークを形成する方法には地域連携パスによる連携の仕組みがある。
地域連携パスは2003年ごろから大腿骨頸部骨折や脳卒中などの疾患で始まった。地域連携パスは急性期病院と回復期病院を一気通貫で結ぶクリティカルパスと言える。大腿骨頸部骨折や脳卒中では、手術などを行う急性病院とその後のリハビリを行う回復期病院が協議して地域連携パスを作成する。
大腿骨頸部骨折の地域連携パスは熊本から始まった。この地域連携パスの効果も熊本で検証されている。それによれば、以下の効果が認められた。①患者家族の転院不安の解消、②診療目標や診療プロセスの共有化、③平均在院日数の短縮化。の患者家族の転院不安の解消では、急性期病院に患者が入院当初から、地域連携パス(患者用)で説明を受けるため、患者の転院に対する不安が解消され、スムーズな転院が計れた。②の診療目標や診療プロセスの標準化により診療が効率化され、診療に関する病院間の説明の不一致も解消された、③の平均在院日数の短縮は、急性期病院側では回復期リハ病院への転院が円滑に行えることから平均在院日数が短縮した。同時に回復期リハ病院側でも平均在院日数が短縮した。これは適切な時期に急性期病院から回復期リハ病院に転院するようになったことより、リハビリ効果が上がり回復期リハ側でも平均在院日数が短縮したのだ。発症から出来るだけ早い時期にリハビリを開始することがリハビリ効果を上げ回復期リハ病院側での在院日数の短縮が可能となる。つまり地域連携パスは、地域における総平均在院日数を短縮することができ、地域全体で病床の効率的運用が図れるようになった。
5 誤嚥性肺炎地域連携パス
上記の地域連携パスの考えかたを誤嚥性肺炎や一般の市中肺炎に応用したのが誤嚥性肺炎地域連携パスあるいは肺炎地域連携パスである。まず事例を見ていこう。
浜松市では2021年4月より「浜松肺炎地域連携パス」の運用を開始した。肺炎の患者さんに対して地域の病院と連携施設・維持療養施設(かかりつけ医等)が連携し、地域全体で誤嚥性肺炎や市中肺炎の治療を行うようにした。
浜松肺炎地域連携パスは、浜松市にある聖隷浜松病院の呼吸器内科部長の中村秀範氏により運用が開始された。同病院の呼吸器内科の疾患において、肺炎や誤嚥性肺炎の患者数が占める割合は約23%だ。このうち誤嚥性肺炎は年間77人(2018年)ほどいる。誤嚥性肺炎は一旦よくなっても食事を再開すると再燃を繰り返す。また併発症・合併症も多いため転院や自宅退院まで時間がかかる。このため急性期病床を占拠しがちだ。このことから急性期病院での急性期の治療後は速やかに連携医療施設へ転院を行い、急性期病院が満床で救急患者を受けいれられない状況をつくらないようにすることが大事だ。
こうした経緯から肺炎地域連携パスを作成することになった。具体的には急性期病院、連携医療施設、維持療養施設の3施設を結ぶ図表4のような地域連携パス(患者パス)を作成した。
図表4

聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス 浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)
浜松肺炎地域連携パスは、原則65歳以上の肺炎患者に対応する地域連携パスだ。肺炎は細菌性肺炎、 誤嚥性肺炎、その他医師が認めた肺炎患者とする。急性期病院入院後、約20日前後で連携医療機関に転院・退院する。退院や転院基準は連携医療施設・病院ごと設定する。さらに維持療養期は開業医も含めた医療機関に転送する。また再発時には紹介元の急性期病院と相談し、再び紹介元に戻るといういわゆる循環型パスの形式をとる(図表5)。さらにアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も視野に対応するパスであることが特徴だ。
次にこの浜松肺炎地域連携パスの効果を見ていこう。肺炎地域連携パスを使用した群と通常群で比較した。すると肺炎地域連携パスを使用した36例と、使用しない通常群142例を急性期病院での入院日数を比較すると、使用群では20.1日であったのに対し、使用しない群では36.5日と明らかに肺炎地域連携パス使用群で短かった(図表5)
図表5

聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス 浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)
6 心不全地域連携パス
さて高齢者の救急搬送の原因疾患のもう一つは心不全だ。最近、とみに外来でも心不全患者が増えている。外来をしていると毎回、必ずと言っていいほど両下肢浮腫の患者さんがやってくる。心不全の患者数は毎年1万人ずつ増加しており、2030年には130万人に達すると推計されている。また心不全の患者は入院治療後、退院してもすぐに再発して救急搬送されて再入院するケースが多い。このため心不全の患者が急性期病床埋め尽くされる「心不全入院パンデミック」になりかねない。
心不全の患者の問題点は、塩分や水分制限の不徹底、感染症、治療薬の中断、過労や不整脈等により心不全が急性増悪し何度も入退院を繰り返すことだ。なかには最大27回も入退院を繰り返した心不全患者もいるくらいだ。こうした心不全を日常的にコントロールし再入院に至らせないような退院後の外来や在宅における継続診療が大切だ。
心不全に対する疾病管理の推奨とエビデンスレベルを見ると、エビデンスレベルが最も高いAに相当するのは「多職種によるチームアプローチ」、「退院支援と継続的フォローアップ」、「心不全増悪の高リスク患者への教育支援と社会資源活用」、「感染症予防のためインフルエンザワクチン接種」などがあげらる。
こうした観点から地域ぐるみで多職種連携で心不全患者を診ていく仕組みが必要だ。そしてその仕組みとして心不全地域連携パスが各地で作られるようになってきた。そうした例の一つが岡山県の「心不全倉敷地域連携パス」を見ていこう。
岡山県の倉敷中央病院の循環器内科では、2008年7月より「心不全患者さんの再入院予防」を目標として、連携病院とともに「心不全地域連携の会」を立ち上げた。当初は病院の医師の間での連携の会であったが、現在では多職種(看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、医療ソーシャルワーカー、地域医療連携室)や地域の開業医の参加もする会となった。この心不全地域連携の会が主催して、2016年9月からは心不全地域連携強化のため近隣の連携病院とともに心不全地域連携クリティカルパスの導入が始まった。
7 地域連携パスと診療報酬
さて地域連携パスの診療報酬による評価を見ていこう。地域連携パスの診療報酬評価は、2006年に大腿骨頸部骨折の地域連携パスについて初めてついた。その後、2010年脳卒中の地域連携パス、がん地域連携パスに疾患の拡張がなされた。当初は急性期病院には900点、回復期リハ病院には600点、かかりつけ医には300点と高額の点数が付いた。しかしその後、2016年には見直しが行われ、地域連携パスの評価は退院支援加算の評価に統合され、退院支援加算の加算として「地域連携診療計画加算」となった。現在、急性期病院における地域連携診療計画加算は300点である。
その要件は地域連携パスを作成し、地域連携診療計画書を作成し地方厚生局に提出することが必要である。心不全地域連携パスの地域連携診療計画書(総合病院旭中央病院)を図表7に示す。
図表7

総合病院国保旭中央病院ホームページ 心不全地域連携診療計画書
総合病院国保旭中央病院 心不全地域連携診療計画書 (hospital.asahi.chiba.jp)
おわりに
高次救急医療機関における下り搬送は2000年か始まったコロナ渦でおこった入院パンデミックの時から始まった。コロナ患者の後方連携の目詰まりで急性期病院でコロナを受け入れることができなかった教訓より始まった。これから始まるのは後期高齢者による入院パンデミックだ。とくに高齢者救急による誤嚥性肺炎や心不全が急性期病院に滞留することで、急性期病院の機能不全に陥る。こうした機能不全を解消するために、地域連携パスの仕組みが必要だ。
この考え方は入院前から患者の特性を把握し、情報を院内で共有し、退院困難の課題を抱える患者を入院を通してフォローし、病床を管理していく仕組み、すなわちペイシェント・フローマ・ネジメント(PFM)の仕組みの一つに他ならない。これまでは院内でおこなっているPFMを、これからは地域のなかで行うことに他ならない。このためにはPFMの仕組みを地域でも構築することが必要だ。すなわち誤嚥性肺炎や心不全のような患者数が増加中の患者について、地域で関係者が集まる協議の場を設け、疾患別に患者の流れをコントロールするという仕組だ。たとえば下り搬送の仕組みや地域連携パスの仕組みを地域の病院間の協議と連携を通じて構築することだ。
こうした地域PFMの仕組みづくりがポスト2025年の地域医療には不可欠となるだろう。
参考文献
厚労省中医協専門組織入院・外来医療等の調査・評価分科会 2023年8月10日
厚労省第8次医療計画等に関する検討会 2022年7月27日
厚労省保険局医療科 令和6年度診療報酬改定の概要 2024年3月5日
聖隷浜松病院ホームページ 浜松肺炎地域連携クリニカルパス
浜松肺炎地域連携パス | 地域とともに | 聖隷浜松病院 (seirei.or.jp)
総合病院国保旭中央病院ホームページ 心不全地域連携診療計画書