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高額療養費制度の見直しのポイントと課題


 

 

 高額療養費制度とは、月100万円もかかる医療費でも、3割負担の自己負担分30万円を丸々払わずとも、年収に応じて決まる自己負担限度額例えば8万円まで払えばよいという制度だ。経済的な心配をせずに高額な医療を受けることが出来る優れた制度だ。しかし自己負担限度額以外は国や地方、保険者が肩代わりしている。

 この高額療養費制度を国は今年8月から自己負担限度額をアップする見直しを実施しようとしている。この高額療養費制度の見直しを巡って野党は凍結を求め、そしてがん患者団体からは治療継続ができないなど悲鳴が沸き上がっている。今回はこの高額療養費制度の見直しのポイントと課題を見ていこう。

 この高額医療費制度の背景を見ていこう。高額療養費制度による支給件数と金額の伸びが著しい。2021年には6200万件、2.85兆円となっている。2015年を1としたときの2021年までの高額医療費の伸びは1.14倍で、国民医療費の伸び1.07を大きく上回っている(図表1)。

図1

 

        厚労省社会保障審議会医療保険部会 2024年11月21日

 理由は高額な医療が増えているからだ。2010年には1000万円以上の高額レセプトは174件しかなかった。しかし2023年には2156件と12倍にも伸びている。高額レセプト上位100位の平均は5586万円で最高額は1億7800万円。疾病の内訳は悪性腫瘍が74%、先天性疾患が14%、血友病が4%だ。薬剤別でみると脊髄性筋萎縮症の治療薬ゾルゲンスマは薬価が1億6700万円だ。その他白血病やリンパ腫の治療薬のキムリア、プレヤンジ、イエスカルタは薬価が3200万円というように薬価の高額化が高額療養費を押し上げている。

 では高額療養費の仕組みのポイントを押さえておこう。ポイントは①自己負担限度額は年齢と年収区分で決まる。②限度額適応認定書、③世帯合算、④多数回該当、⑤外来特例などがある。

 まずポイント①の自己負担限度額は年齢と年収などの年収区分によって決められる。年齢は70歳未満と70歳以上、年収区分は5段階で区分されている。5段階は上から、1160万円以上、770万円以上、370万円以上、370万円未満、住民税非課税(低所得世帯)である。

 たとえば70歳未満で年収区分370万円以上770万円未満の場合で医療費100万円の場合を見ていこう。この窓口自己負担は3割負担で30万円である。この時の高額療養費の自己負担限度額は8万100円だ。

 ポイント②の限度額適応認定書とは、もともと高額療養費制度は1973年に償還払い制度で始まった。償還払い制度とは立て替え払いのことで、一旦、3割の窓口負担分を全額納付したあと、自己負担限度額以上が後日、払い戻される仕組みだ。これを2007年から限度額適応認定書を事前に医療機関に提出することで、医療機関への立て替え払いなしで自己負担限度額だけで済むようになった。さらにこの制度がマイナンバー保険証に引き継がれ、2021年からはマイナンバー保険証に限度額適応認定書の機能が付くようになった。

 次にポイント③の世帯合算とは、同一世帯の人が窓口で支払った医療費を1ヵ月単位で合算できる仕組みだ。同一世帯内で複数の人が、同じ月に支払った医療費や、同一人物が複数の医療機関で受診したり、1つの医療機関の外来と入院のそれぞれを利用したりした場合に合算できることを指す。

 ポイント④の多数回該当とは、直近12カ月の間に3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下がる制度だ。がん患者のように長期わたり高額医療を支払続ける患者の負担を軽減する特例措置だ。

 ポイント⑤の外来特例とは、多くの疾患を抱える70歳以上の高齢患者が外来受診し、医療費が高額になった時の自己負担の限度額を抑える特例のことで、2012年に導入された。

 さて、以上の高額療養費制度が今回、見直されることになった。その大きな理由が、2023年12月、閣議決定された「こども未来戦略」だ。 当時の岸田政権は、少子化対策などに投じる費用3.6兆円のうち、1.1兆円の社会保障費を減らすことで賄うこととした。その議論のなかで、削減対象として目が付けられたのが、『高額療養費制度』だった。

 そしてその見直しの具体策については、2023年の12月に社会保障審議会医療保険部会で1か月足らずの審議で取りまとめられた。高額療養費制度の見直しのポイントは以下の3つだ。ポイント①収入区分の細分化と自己負担上限額のアップ、ポイント②は外来特例の見直し、ポイント③多数回該当の見直しだ。

 ポイント①は従来の年齢区分はそのままにして、収入区分を5区分のうち市民税非課税区分はそのままに据え置いて、それ以外4区分を細分化して12区分とし全体で13区分とした。そしてその上で、2025年8月と2027年8月の2段階で自己負担上限額のアップを図ることにした。そのアップは年収区分370万円以上、770万円未満では、現行8万100円が2025年8月には8万8200円と8100円もアップする。年収770万円以上、1160万円未満では16万7400円が2025年8月から18万8400円と2万1000円もアップする。

 ポイント②の外来特例の見直しはそれまでの所得区分一般(2割負担、1割負担)、上限18,000円を見直し後には一般(2割負担)を28.000円、一般(1割負担)を20,000円とし、住民税非課税8000円を13,000円に、所得が一定以下の住民税非課税8.000円を据え置いた。

 ポイント③の多数回該当の見直しについては、年収約650万円から770万円の収入区分の場合の現行の上限額約4万4000円を2025年8月には4万9000円引き上げ、2027年8月には7万7000円に引き上げをするとした(図表2)。

図表2

                            毎日新聞

 これで保険料と公費負担をあわせて5280億円の削減になるとされた。特に1人当たりの保険料の負担減は以下のようだ。協会けんぽ年間3500円、健保組合は4800円、共済組合は5000円、国民健康保険は1500円、後期高齢者は1100円だ。いずれも負担軽減する。

 しかしこの自己負担額上限アップは、患者団体とくにがん患者の団体からはがんや難病の治療が続けられなくなると大反発が起きる。患者団体は厚労相に見直しの撤回・凍結を求めた。また野党各党も高額療養費の引き上げ案の見直しを求めた。このため2月2日の予算委員会で石破総理は、引き上げ案の修正も含め見直しを行うとした。

 具体的にはポイント③の多数回該当の上限額を現行の4万4000円に据え置くこととした(図表3)。

図表3

 このように高額療養費制度見直しの議論が紛糾した背景には、少子化対策財源をがんや難病などの重篤な疾患の医療費の自己負担分増で賄おうとしたこと、そして議論が社会保障審議会医療保険部会で1か月足らずのスピード審議で取りまとめられ、患者の実態調査や患者への丁寧な説明に欠いたことが挙げられる。

 たとえば財源を確保するのなら、より軽症な疾患の保険給付見直しでもよかったのではないのか?たとえばビタミン剤、湿布薬や保湿剤、うがい薬なのどのOTC類似薬の保険給付がすでに制限がかかっている。こうしたOTC類似薬のさらなる保険給付制限と抱き合わせで行ってもよかったのではないのか?OTC類似薬は7000種類もあり、その保険給付の見直しが喫緊の課題だ。

 さて最後に視点を少しかえて、高額療養費制度とバイオシミラーの関係について見てみよう。バイオシミラーは高額なバイオ後続品の特許が切れた後に市場にでてくる医薬品だ。現在、わが国では抗がん剤、抗リウマチ薬などにバイオシミラーが出てきていて、医療費削減効果は2023年段階で、900億円にも上る。

 ところが高額療養費とバイオシミラーには因縁の関係がある。今回の高額療養費の自己負担上限のアップでもバイオシミラーが患者自己負担を軽減できるので活躍できると普通は考える。

 ところが事態はそう簡単ではない。これまでもバイオシミラーを使うと医療費が下がってしまって、高額療養費制度の適応から外れてしまうことが問題とされていた。つまり高額なバイオ先行品を使えば高額療養費制度の適応になり、自己負担分が抑えられる。一方、安価なバイオシミラーでは高額療養費の適応枠に達しないので、その制度の恩恵を受けられないのだ。このためバイオシミラーを使うと通常の3割自己負担になって、高額療養費の適応よりも逆に負担が増加してしまうことがあった。こうしたバイオシミラーを使うことで自己負担増が起きることを、バイオシミラーによる「逆転現象」と呼ばれていた。

 この逆転現象が今回の高額療養費の自己負担限度額がアップしたことで、その頻度が高くなるのではと懸念されている。

 高額療養費の自己負担上限のアップは保険料を引き下げる効果がある。しかし同時に自己負担上限のアップはバイオシミラーの使用促進の足を引っ張る懸念もある。

 あちらを立てればこちらが立たないというジレンマをどのように解決すればよいのだろう?

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