
2025年3月、自民、公明と日本維新の会は社会保険料の改革に関する協議の初会合を開催した。今後、OTC類似薬(市販薬と成分や効能が類似する処方せん医薬品)の保険給付のあり方などを検討するという。維新の猪瀬直樹議員は3月6日の参院予算員会で「OTC類似薬で1兆円は(医療費を)削れる」と打ち上げた。
高額療養費制度で一波乱の後、今度はOTC類似薬でまた波乱が起きそうな状況だ。もちろん、日本医師会はOTC類似薬の保険除外には大反対だ。宮川政昭常任理事は「医療機関の受診控えによる健康被害が起きる。現役世代を含めた『経済的負担の増加』につながる政策として容認でない」と強調した。これを認めたら患者は診療所の前を素通りしてドラッグストアにみんな行ってしまう。今回はOTC類似薬を振り返って見よう。
OTC類似薬とは、市販薬と類似の効能効果を有する処方薬のことだ。たとえば処方薬のPL顆粒にはOTCのパイロンPL顆粒がある。同様に処方薬のロキソプロフェンナトリウム60㎎にはOTCのロキソニンSがある。処方薬のケトプロフェンパップ60㎎にはケトプロフェンパップがあるように市販薬と処方薬の二面性を持つ薬のことだ。これらのOTC類似薬の保険給付を止めて、OTCに一本化して医療費を節減するというのが日本維新の会の主張だ。
こうしたOTC類似薬はなんと7000品目もある。この保険給付を停止すれば1兆円の医療費が浮くことになる。しかし本当に患者も納得して保険外しができるのだろうか?
ちなみに著者の勤務する衣笠病院(横須賀市)では、昨年末よりPL顆粒の流通が悪くなったので、電子カルテのマスターからPL顆粒を削除した。すると早速、外来で患者さんからクレームがでた。「なぜPL顆粒を処方してくれないのだ?処方薬のPL顆粒が欲しい」と言う。「薬局でパイロンPL顆粒を買った方が、病院に来て処方してもらうより安いですよ」と言っても聞かない。たしかにOTCは100%自己負担に対して、OTC類似薬は保険適応なので3割の自己負担で済む。ただPL顆粒の場合は薬局での値段が自己負担より安いのだ。しかし「処方薬のPLの方が絶対に効く」と言って患者は譲らない。こんな状況でOTC類似薬の保険給付が停止したら患者の反乱がおきるかもしれない。
そもそもこうした二面性をもつ医薬品がなぜできたのだろうか。それは1961年の薬事法に遡る。この年の薬事法改正で医薬品が「医療用医薬品」と「一般用医薬品」に大別された。この医療用医薬品のうち、販売規制上の分類として、「要指示医薬品」と「要指示医薬品以外」が分けられた。そして2002年の薬事法改正において、要指示医薬品が「処方せん医薬品」と改められた。その時に要指示医薬品以外すなわち処方せんを必要しない医療用医薬品のうち処方せん医薬品に似ている医薬品が今日のOTC類似薬となった。OTC類似薬は風邪薬・胃腸薬・ビタミン剤・うがい薬・湿布・漢方などでリスクは比較的低い医療用医薬品といえる。
ここからは日本総研調査部の成瀬道紀氏の資料より見ていこう。処方せん医薬品、OTC類似薬、OTC医薬品の関係は以下のようだ。処方せん医薬品は1万3千品目、OTC類似薬は7千品目、OTC医薬品は1万3千品目もある。
処方せん医薬品か否かは投与経路、有効成分、効能で決まる。抗がん剤、抗菌剤、向精神薬、生活習慣病治療薬、さらに輸液剤は処方せん薬となっている。一方OTC医薬品かOTC類似薬かの区分については、企業申請に基づいて審査される。企業としても保険適応の処方せん医薬品で申請するのか、OTC医薬品で申請するのかは企業の経営戦略に基づいて決めている。
また処方せん医薬品とOTC医薬品の間の出入りも多い。漢方は長らく一般用医薬品だったが、1978年に保険適応になった。
一方、スイッチOTCのように、長らく処方せん医薬品であった医薬品が、同じ成分のままOTC化する場合もある。現在スイッチOTCは93成分で、これからもスイッチOTCはその数を増やしていくだろう。
また最近ではダイレクトOTCと言って、発毛効果のある「ミノキシジル」、内臓脂肪減少薬「アライ」のように企業はあえて処方せん医薬品では申請せず、最初からOTC医薬品として申請する薬もある。
OTC類似薬のマーケットはどれくらいだろうか?先の成瀬氏によれば2021年度でおよそ1兆円という。先のOTC類似薬の保険適応外しで1兆円の医療費節減という数字がこれだ。1兆円の内訳でトップ5は漢方・生薬、消化器官用薬、外皮用薬、アレルギー薬、血液・体液用薬でおよそ6割を占めている。
同一成分ごとに処方せん医薬品の公定薬価とOTC医薬品のメーカー希望小売価格を比較すると、アセトアミノフェン300㎎では6円に対して88.9円、ファモチジン10㎎では10.1円に対して179.7円、フェキソフェナジン60㎎では10.1円に対して103.2円、ロキソプロフェンナトリウム50㎎湿布薬は12.3円に対して138.3円といずれもOTC医薬品の方が高い。
しかしOTC医薬品の小売価格とOTC類似薬を処方したときの自己負担分を比べると話は変わる。東京大学大学院の五十嵐中氏によれば、抗アレルギー薬の場合は処方薬の場合とOTC医薬品の小売価格を比べると、2000円と4000円で圧倒的に医療機関で3割負担の方が安い。ところが、風邪薬、便秘薬、胃炎薬、頭痛薬では3割負担でも安いのだ。
また五十嵐氏によれば、対象をかぜ症候群、頭痛、腰痛・肩痛、便秘、胸やけ・胃痛・もたれむかつき、鼻炎などに限定し、現状すでにOTC使用可能薬と、高血圧・偏頭痛など将来的なOTC導入可能性も含めて、OTCへの置き換えによる医療費削減効果を試算したところ、その額は3210億円であった。
さて財政制度審議会もOTC類似薬の保険給付について議論している。財政審の基本スタンスは重篤な疾病リスクに対しては保険給付で、一方、軽症リスクについてはセルフメディケーションとしている。海外を見れば、イギリスでは軽症の患者に対する処方せん医薬品の交付を減らし、OTC医薬品の購入を促すためのガイダンスを発行している。またフランスのように薬剤の種類に応じた患者負担の割合を変えている国もある。たとえば抗がん剤には負担ゼロであるが、軽度な疾患については85%の自己負担を課している国もある。
我が国でもこれまでOTC類似薬の保険給付の見直しを行ってきている。例えば2012年には単なる栄養補給目的のビタミン剤の投与を保険給付から外した。2014年にはイソジンガーグルのようなうがい薬での単体の処方を外した。2016年には湿布薬を1処方で70枚に制限した。最近ではこの処方上限が63枚に減らされた。2018年にはヒルドイドのような皮膚保湿剤の処方も外された。しかしアトピー性皮膚炎などの治療目的には処方せん医薬品として処方できる。
また社会保障審議会医療保険部会では2023年9月にOTC類似薬の保険給付の在り方の見通しとして、以下のように述べている。OTC類似薬は保険給付からの除外や、償還率の変更、定額負担の導入など保険給付の在り方を見直すとしている。
さて今後、OTC類似薬についてはどのように検討を進めていけばよいのだろうか?著者としては以下を提案したい。
まず対象薬を限定して保険給付の見直しを始める。風邪薬、鼻炎、胃薬、湿布、鎮痛剤、うがい薬などの領域からスタートし生活習慣病領域へ拡張してはどうか?
そして湿布薬で行ったように給付範囲の上限設定からスタートする。風邪薬、鎮痛剤、鼻炎、胃薬、うがい薬の処方制限の上限を定める。
そして後発品のある長期収載品に対して選定療養を行ったように、OTC医薬品のあるOTC類似薬にも選定療養を課してはどうだろうか?たとえばPLについて、公定薬価と市販薬の平均小売価格の差額の4分の1のから選定療養をスタートする。しかし治療上の必要があれば選定療養を課すことはしない。OTC医薬品とOTC類似品とはちょうどジェネリックと長期収載品との関係に似ている。このため著者が代表理事を務めている日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会ではOTC医薬品分科会を一昨年より設置して、こうした議論を行っているところだ。OTC医薬品を第2のジェネリックと見定めて、その普及を進めていくつもりだ。