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OTC医薬品のこれから

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OTC医薬品のこれから


コロナ禍で医療へのアクセスが制限されるなか「セルフメディケーション」が改めて注目された。セルフメディケーションとはWHOの定義によれば「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てする」ことだ。セルフメディケーションの主役は薬局などで処方せんなしで購入できる一般用医薬品(OTC医薬品)や、医療用医薬品からのOTCへの転用品であるスイッチOTCだ。このOTCの近未来像について見ていこう。

1 さらなるOTCの普及を目指して

(1)日本のOTC医薬品普及率はG7最下位

我が国のOTC医薬品の普及率は低い。2023年、全医薬品の10兆2千億円に占めるOTC医薬品は約7000億円で、金額ベースの普及率は6.9%、G7の7か国のなかでは最下位だ。シェア率のトップ3はカナダ17.1%、イギリス11.9%、イタリア10.5%であり、日本は最下位に甘んじている。

 中でも医療用医薬品から一般用医薬品に転用したスイッチOTCの品目が少ない。その品目は2024年、93成分である。このため国内で入手ができないスイッチOTC医薬品は海外からの個人輸入が行われている。個人輸入のOTC医薬品の用途としてはダイエット、美容、育毛、性機能の増強でおよそ6割を占めている。個人輸入する理由は「日本の薬局で買えないから」、「値段が安いから」、「インターネットで手軽に注文できるから」、「医療機関に行くのが面倒だから」がトップ5の理由だ。

しかしスイッチ医薬品の個人輸入には落とし穴もある。それは偽造医薬品だ。たとえば性機能の増強で入手するバイアグラ、シアリス、レビトラなどのED医薬品の約4割が偽造医薬品であるという。その被害額は3835億円にも上る。こうした偽造薬を防ぐ手立ての一つが、これらの医薬品を国内でスイッチOTC化することである。つまりこれらの医薬品を医療用医薬品からスイッチOTC化し、薬局での販売を認めれば、正式な流通ルートを介することができ、偽造医薬品の問題を回避することができる。

(2)スイッチOTCの承認ラグ

 では改めてスイッチOTCを見ていこう。スイッチOTCとは医師から処方される医療用医薬品のうち、副作用が少なく安全性の高いものを医療用医薬品からOTC医薬品に転用(スイッチ)した医薬品のことである。このスイッチOTCが前述したように日本では先進諸国に比べて少ない。この理由について見ていこう。その大きな理由の一つがスイッチOTCの承認ラグいわゆる「スイッチラグ」問題だ。スイッチラグ問題とは、海外で承認されているOTCが日本では承認されていない、あるいは企業が要望しても承認に時間がかかる問題だ。

2016年から21年にかけてスイッチOTC医薬品候補として厚労省に要望が提出された成分の中で、いまだ承認されていない医薬品が10成分もある。また海外におけるスイッチOTC化と日本のそれを比較すると、未承認の成分数が日本では圧倒的に多い。未承認状況をみるとなんとロラタジンのように29年も前に海外では承認されているのに、日本ではまだ承認されていない薬もある。おそるべき日本のスイッチラグの実態だ。

このスイッチラグ問題では、最近では緊急避妊薬レボノルゲストレルが社会問題になった。レボノルゲストレルは世界30か国以上では、薬局で入手できる医薬品だ。しかし日本ではスイッチOTC化されていない。緊急避妊薬は、性交後72時間以内に内服する必要があり、迅速な対応が求められる。しかし休日夜間などで患者が産婦人科を受診することができなかったり、デートレイプを含む犯罪が関係していることから受診が遅れたりする。このため各国では緊急避妊薬をスイッチOTC化して、薬局でもアクセス可能としている。この緊急避妊薬のスイッチOTC化の議論は我が国では2017年から始まりすでに6年が経過して、ようやく2023年から一部の薬局で試験的に販売が認められるようになった。

(3)スイッチラグ解消へ向けて

第1章でも述べたように、スイッチOTCの承認における「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(評価検討会議)の在り方も、規制改革推進会議の提言と厚労省の対応により改善が見られた。特に規制改革推進会議が主張していたスイッチOTC化への目標設定やスイッチラグについては大きな前進がみられた。2023年12月に厚労省は以下のようにその目標を設定した。

①2023年末時点で海外2か国以上でスイッチOTC化されている医薬品については原則として3年以内(2026年末)までに日本でもOTC化すること目標として設定。

②関係審議会等の審査・審議・意思決定プロセスの見直し等必要な措置を講ずることにより、国内でスイッチOTC化の要望があり申請されたものについては、原則として評価検討会議への要望書の提出時点から総期間1年以内に検討結果を取りまとめる。承認申請から承認の可否を判断するまでの総期間1年以内とする。

 2023年末現在で、海外2か国以上でスイッチOTC化されており日本で未承認の成分は以下の49成分である。この中には胃酸関連疾患用薬(オメプラゾール、エソメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール)、機能的医腸疾患用薬(ドンペリドン)、抗乾癬薬(カルシボトリオール)、緊急避妊薬(レボノルゲストレル)、鎮痛薬(スマトリプタン、ゾルミトリプタン、リザトリプタン、ナラトリプタン)、駆虫薬(ビランテル)、鼻用製剤(レボカバスチン、モメタゾン)、全身用抗ヒスタミン剤(レボセチリジン)などがある(図表3)。これらがスイッチOTCに加わればその数は現在の93成分に49成分が加わって一挙に142成分となる。

著者は現在、横須賀市にある衣笠病院で外来を担当している。外来患者さんの中には片頭痛でゾルミトリプタンを希望して毎回来院する女性患者がいる。決まってその患者は月曜日に来院する。片頭痛が土日の休みに悪化するという。土日は病院も薬局も閉まっているので、待ちかねて月曜外来にやってくる。こうした患者にとってゾルミトリプタンがスイッチOTC化されれば日曜日に開いている薬局で薬を購入できて福音だろう。

またスイッチOTC医薬品には、これまで政府目標やその普及促進のためのロードマップが存在していなかった。今回、ようやく数値目標が定められたが、さらにスイッチOTCの成分数増加の中長期的な「OTC普及のためのロードマップと数値目標」が必要だろう。

3 今後スイッチOTC化が考えられる成分

 海外でのスイッチOTC化の状況をみながら、国内でのスイッチOTC化を進めるのと同時に、国内で今後承認をすすめるべきOTC医薬品にはどのような成分があるかを考えてみよう。こうしたスイッチOTC化が可能と考えあれる医薬品の在り方について、2021年2月の「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(評価検討会議)の中間とりまとめでは以下のように述べている。

 第1章のOTC、スイッチOTC概論で述べた、スイッチOTC化する上で満たすべき基本的要件に加えて、これまでにOTC医薬品として承認されている医薬品には、具体的に次のようなものがあるとしている。

①基本的要件を示した疾患に該当するもので、

・自覚症状により自ら、服薬の開始・中止等の判断が可能な症状に対応する医薬品(アレルギー性鼻炎用点鼻薬、胃腸薬、水虫・たむし用薬、解熱鎮痛薬等)

・再発を繰り返す症状であって、初発時の自己判断は比較的難しい症状であるものの、再発時においては自ら、症状の把握、服薬開始・中止等の判断が可能なものに対する医薬品(過敏性腸症候群再発症状改善薬、膣カンジダ再発治療薬、口唇ヘルペス再発治療薬等)

②さらなる薬効群のスイッチOTC化を進めていくためには、OTC医薬品を取り巻く環境の整備がより強く求められている。これらの環境の整備に関する要件が整えば、新たにスイッチOTC化が考えられるものとして、評価検討会議において、次のような医薬品が議論された。医師の管理下での処方で長期間状態が安定しており、対処方法が確定していて自己による服薬管理が可能な医薬品等。なお、これに対して自覚症状がないものに使用する医薬品については、スイッチOTC化すべきではないとの意見もあった。

③前記について、スイッチOTC化の適切性は個別の成分ごとに異なるものであるが、どのような薬効群の医薬品がスイッチOTC化の対象となるのか、その具体的な状況については、各ステークホルダーの連携等のさらなる環境の整備の状況も踏まえつつ、個別の成分の議論等を通じて、今後も議論が進められる必要がある。

 以上のように、中間とりまとめではさらなる新分野におけるスイッチOTC化の議論を行う必要があると述べている。

4 生活習慣病薬のスイッチOTC化

 こうしたことから、著者はスイッチOTCが次にチャレンジすべき分野は生活習慣病薬の領域だと考えている。生活習慣病薬分野のスイッチOTC化の要件について見ていこう。その要件とは長期リフィルと要指導用薬品への留め置き問題だ。

(1)生活習慣病薬のスイッチOTC化による医療費削減

これからの医療費適正化には生活習慣病薬のスイッチOTC化が必要だ。生活習慣病薬のスイッチOTCによる医療費削減額はどれくらいになるだろう。2021年2月の「第1回セルフメディケーションに関する有識者検討会」で横浜市立大学の五十嵐中准教授が、高血圧治療薬をOTC化した場合の医療費削減効果の試算をした。それによると高血圧患者のうちOTC医薬品で対応可能な患者がセルフメディケーションを行った場合の潜在的削減医療費は約796億円と推計された。高脂血症剤などをスイッチOTC化すればさらに多くの医療費削減効果が期待される。

(2)長期リフィル処方せん

さて、著者が考える生活習慣病薬のスイッチOTC化の要件は長期リフィル処方でも安全性に問題のない医薬品であることだ。著者は高脂血症剤のアトルバスタチンのリフィル処方を、2023年から勤務する横須賀市の衣笠病院の外来で行っている。現在、著者はアトルバスタチン単剤投与の患者について、90日処方の3回リフィルを薬局での自己採血によるコレステロール値検査と組み合わせた臨床研究を行っている。最近では薬局でも患者自己採血によるコレステロール値の測定が行われている。著者も日本調剤の薬局において自己採血で迅速検査を受けてみたことがある。6分で検査結果がでてきて便利この上ない。「薬局でも検査ができるんだ」と改めて知った。

この薬局での自己採血によるコレステロール検査と90日3回リフィルを組み合わせて先述の臨床研究を行っている。最近90日3回リフィル、すなわち270日目に外来に戻って来た患者さんから「ずいぶんお久しぶりですね」と声をかけられた。患者さんに聞くと、「とくに薬局で長期間、薬をもらっていても問題もないし、検査や栄養士の指導も受けられる。病院での待ち時間がなくなり便利だ」という。90日間3回リフィル+自己検査は忙しいサラリーマンには好評だ。こうした長期リフィルが可能なアトルバスタチンなどは、医師と薬剤師とが協働して行う薬物治療管理でスイッチOTC化しても問題のない医薬品だろう。その他の長期リフィルの候補薬としてはアムロジピンの単剤投与の患者だ。外来でも数は少ないが、アムロジピン単剤投与の90日処方の患者がいる。次なる90日3回リフィルの対象薬はアムロジピンだと思っている。

(3)要指導用医薬品の留め置き

生活習慣病薬のスイッチOTC化で心配な点は、現行のスイッチOTCではスイッチ化された直後の3年は薬剤師が介入できる要指導用医薬品であるが、3年が過ぎるとその後は薬剤師の介入が無くなることだ。生活習慣病の場合、長期リフィルで見たように、長期にわたる薬剤師の介入が必要だ。薬剤師が当該の疾患の重症化や、他の疾患の併発などを観察し、医師への受診勧奨を行う必要が出てくる。こうした場合には自己管理だけは心もとない。やはり専門家の薬剤師の介入が必要だ。

しかし現状ではスイッチOTC医薬品が要指導医薬品として3年間たつと、インターネット販売も可能となる一般用医薬品に移行する。このため安全性の確保や適性使用の観点からスイッチOTC化が進まない状況になっている。このため医薬品の特性に応じて、必要な場合には一般用医薬品に移行しないことを可能とする案が検討されている。その対象としてはオーバードースなど濫用等の恐れのある医薬品もあるが、生活習慣病薬についてもこのカテゴリーに加えることが望ましいだろう。

以上の要件から生活習慣病薬のスイッチOTCの要件は、90日3回の長期リフィルにより安全性を確認した上で、生活習慣病薬のスイッチOTCは要指導医薬品として留め置き、医師と薬剤師の協働の薬物治療管理薬として認めてはどうだろうか?

5 プロトコールに基づく薬物治療管理(PBPM)

 上記の医師と薬剤師の協働の薬物治療管理については、2010年4月30日付厚生労働省医政局長通において、「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」の中で、以下のように病棟における薬剤師と医師の協働・連携によるチーム医療が提唱されている。「薬剤の種類、投与量、投与方法、投与期間等の変更や検査のオーダについて、医師・薬剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき、専門的知見の活用を通じて、医師等と協働して実施すること」

このプロトコールに基づく薬物治療管理(PBPM:Protocol Based Pharmacotherapy Management )は、薬剤師に認められている現行法の業務の中で、医師と合意したプロトコールに従って薬剤師が主体的に実施する業務を行うことを意味する。

この医政局通知は病棟内という限定はあるが、この考え方は地域における医師と薬剤師の協働にも拡張することは可能だろう。たとえばリフィル処方はまさにリフィル処方せんというプロトコールに基づいた医師と薬剤師が協働する薬物治療管理と言える。さらに要指導医薬品と言うカテゴリーも薬剤師が医師に受診勧奨をおこなう上での症状や検査値を事前にプロトコールで定めておけば、PBPMであると言える。

このように生活習慣病薬の長期リフィルの安全性確認のあと要指導医薬品として扱うことは、まさに医師と薬剤師の協働薬物治療であるPBPMの考え方に他ならない。

 こうした環境整備によって生活習慣病薬のスイッチOTC化も当たり前のように行える時代が来るだろう。ぜひ2025年を生活習慣病スイッチOTCのスタート元年にしたいものだ。

参考文献

武藤正樹監修 「偽造医薬品横行の個人輸入問題と、スイッチOTC医薬品推進のための5つの提言」一般社団法人日本パブリックアフェア協会

厚労省 医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議の中間とりまとめ 2021年2月2日

厚労省 一般用医薬品(スイッチOTC)の選択肢拡大について 2024年3月28日

厚労省 医政局通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進」2010年4月30日