
病名にはさまざまの語源がある。そのうち10を取り上げてみていこう。病名の中に医学の歴史が濃縮されている。
一つ目はおなじみのインフルエンザ(influenza)だ。これはラテン語 influentia(天体の影響)に由来する。 中世ヨーロッパでは、原因不明の疫病は「天体(星)の影響で起こる」と信じられていた。 占星術の影響だ。病気の原因がわからなかった当時、医学は天文学や宗教の支配下にあった。その名残が今も病名として残っている。風邪のことを英語でfluと言うのもこの流れだ。
二つ目はマラリア(malaria)だ。語源はイタリア語 mal aria(悪い空気)の意味だ。日本語では邪気ともいう。マラリアは熱帯の 湿地の「悪い空気」が病気を起こすと信じられていた。 マラリアの原因が蚊が媒介するマラリア原虫が原因だと判明するのは19世紀末だ。
三つ目は糖尿病(diabetes mellitus)の語源はギリシャ語 diabetes(サイフォンのように流れ出る) + mellitus(蜂蜜のように甘い)だ。甘い尿があふれるように出るところから名づけられた。
一方、甘くない尿があふれるように出るのは尿崩症(diabetes insipidus)だ。ギリシア語 diabaineinにラテン語 insipidusがついている。この意味は「味がない」だ。下垂体の抗利尿ホルモンのバソプレシンが出なくなることで起きる。
四つ目は癌(Carcinom) だ。語源はラテン語 carcinom(カニ)だ。英語ではCancerだ。乳がんが周りの皮膚に浸潤して、まるでカニの脚のように見えたためだ。 ヒポクラテスはギリシャ語でkarkinos(カニ)と記載した。天空のかに座もcancerだ。日本語の癌はごつごつとした岩のことだ。
五つ目はヘルペス(herpes)だ。語源はギリシャ語 herpein(這う)だ。帯状疱疹のように 皮疹が神経にそって這うように広がることから命名された。ところで日本の怪談の「お岩さん」は、三又神経(さんしゃしんけい)の眼を支配領域にする第一枝神経に沿ってできた帯状疱疹だ。
六つ目は麻疹(measles)だ。古英語 masel(斑点) 皮膚の斑点をそのまま病名にしたものだ。日本語の「麻疹(ましん)」も「麻の実」のような細かい発疹から名付けられた。発熱と同時にこまかい発疹が体中にできる。古今東西をとわず同じ皮疹をみて似たような名前がつけられた。ところで百日咳は100日せきが出ることからつけられた。
七つ目は結核(tuberculosis)だ。語源のラテン語 tuberculum(小さな塊、結節)が由来だ。 日本語の「結核」も「結節性の病変」からの翻訳だ。昔は肺結核の中でも粟粒性結核が多かった。粟粒とは粟(あわ)の実のことだ。1980年代後半に留学したニューヨークの大学で、ハイチからの移民の女性の胸の写真に一面の粟の粒のような影をみた。「粟粒性結核とはまさにこのことだ」と妙に納得した。今の日本で粟粒性結核にはまずお目にかかれない。
八つ目はパーキンソン病(Parkinson’s disease)だ。語源はジェームズ・パーキンソン(1817) が「手の震え」の病気を初めて体系的に記述したことによる。パーキンソン病はいまではエル(l)ドーパの服用でかなりよくなる。外来でLドーパを処方して、次第にその量を増やしていくと、患者さんが「体の動きがよくなってきた」と言う。映画の「レナルドの朝」もLドーパにより突然、眠りからさめるレナルド(ロバート・デ・ニーロ)の様子がいきいきと描かれている。
九つ目はアルツハイマー病(Alzheimer’s disease)。これもアロイス・アルツハイマー(1906) が、その病理学的特徴(老人斑・神経原線維変化)を報告したことで、名づけられた。レビー小体型認知症はフリードリッヒ・ハインリッヒ・レビーによって1912年に発見された。レビー小体とはパーキンソン病様の症状と幻覚をともなう認知症患者の神経細胞に見られる小体のことだ。
十番目はてんかん(epilepsy)だ。語源はギリシャ語 epilambanein(突然襲いかかる)だ。てんかん 発作が「突然襲う」ことからつけられた。 古代では神の憑依(ひょうい)と考えられた歴史もある。悪魔祓いの対象ともなった疾患だ。いまでは抗てんかん薬のおかげで、激しいてんかん発作をみることもなくなった。でもちょっとした意識喪失発作もてんかん発作であることがあるので、注意が必要だ。
