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画期的新薬の価値


 著者には画期的新薬の価値を思い知った経験がある。1980年代の初め著者がまだ駆け出しの外科医で旧国立横浜病院にいたころの事だ。当時はまだ胃潰瘍の治療に胃の3分の2を切除する広範囲胃切除術を行っていた。若い外科医が最初に胃潰瘍の手術をすると「初マーゲン」(マーゲンはドイツ語で「胃」)と言って、手術が終わったあと先輩の医師からお祝いをしてもらった頃の話だ。病棟には胃潰瘍の手術待ちの若い患者が大勢いた。

 そんなある日、外科の外来で診察をしていた時のことだ。シンガポールから横浜港に入港した船の船員が、「胃潰瘍に効く薬をシンガポールで貰った。その薬が欲しい」と言う。それが1975年にイギリスで開発されたシメチジンのことだった。まだ当時は国内では発売されていなかった。

 このシメチジンが商品名タガメットとして国内で大日本住友製薬から発売されるのが1982年だ。それ以来、良性の胃潰瘍の外科手術が見る見るうちに減っていった。そしてついに外科の医者が良性の胃潰瘍の手術を行うことはなくなった。このように画期的新薬の出現は治療法を根本から変える力を持っている。まさに新薬の力と価値を思い知った経験だった。

 しかし、こんな経験は医者であればだれもが経験していることだ。かつて慢性関節リウマチは対症療法しかなく、発症してから10年後には関節変形で身体機能が不自由となり、最後は寝たきりになっていた。それがバイオ医薬品のインフリキシマブの出現で一変する。まさに慢性関節リウマチの治療革命だ。これによって本人はもちろん介護をする家族の負担をも軽減し恩恵をもたらした。そして慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍などに効果を発揮して抗がん剤の歴史を塗り替えたイマチニブC型ウイルス性肝炎の夢の治療薬ソホスブビルは、これまでの致死的な病から患者を救った。

こうした画期的新薬の価値を正しく評価し、広く国民に行き渡らせるためのたゆまない努力が必要だ。新薬の光をこの世から消してはならない。

 

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