エッセーの投稿

監獄の囚人への訪問


 「わたしは飢えていたが、食べさせ、…旅をしていたが、泊らせ、…裸であったが着せ、病気であったが見舞い、牢にいたが、来てくれた。」 「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」マタイによる福音書 25章 35〜36節、40節

 この聖句は衣笠病院の設立の精神となっている。囚人や社会的弱者に寄り添うことが、そのままイエス・キリスト自身に行ったことと同じであると説いている。

 1988年から1989年にかけて、旧国立横浜病院にいたとき、当時の厚生省からニューヨーク州立大学の家庭医療科に留学したことがある。家庭医療科は日本でいえば総合診療科のことだ。この家庭医療科の研修で、はじめて囚人病棟への回診を体験した。大学の向かいの通りにあるキングスカウンテイ病院の囚人病棟の回診だ。いまでもその病棟のA13病棟と言う名前をはっきり覚えている。キングスカウンテイ病院は郡立病院で日本でいえば県立病院にあたる。この病院の病棟の一つが囚人病棟だった。

 囚人病棟の入口は分厚い3重の鉄の扉で閉鎖されている。途中、けん銃を所持している看守のいるゲートをIDを見せながら通る。そこには砂をためた鉄の砂箱が置いてある。「何のための砂箱か?」と聞くと看守は「拳銃の試射用だ。時々不発弾があるので試し打ちをしている」と言う。

 囚人病棟の回診前に注意があった。「囚人の7割がHIV感染者だ。ヘロイン・コカインの回し打ちでHIVに感染している。血液には注意するように」。回診の目的の多くは点滴の静脈注射なので緊張した。囚人病棟に入ると、当たり前のことだが、みな鉄格子の入った個室に入っている。点滴は病棟の一角にある処置室で行う。囚人の点滴は大変だ。みなヘロイン・コカインの自己注射で静脈炎を起こしている。点滴ができる血管がそもそもない。失敗して殴られた医者がいたと聞いていたので、ドキドキしながら回診を終えた。

 当時はなんで家庭医療科の研修で囚人病棟の回診が入っているんだと恨んだ。ただ1か月間、回診で通ったおかげである囚人の話ができるようになった。その囚人は麻薬のデイーラーで、仲間との金銭トラブルで収監されている。その囚人が言う。「外は危険だ。しかしここは安全だ、気が休まる」という。「囚人病棟で気が休まるとはいったいなんだ?」と思った。しかし彼にとって、それが実感なのだろう。

 こうした囚人病棟の回診の経験は長らく自分の中では思い出したくない出来事として記憶の奥底にしまい込んできていた。しかし衣笠病院にきて冒頭の聖句「病気であったが見舞い、牢にいたが、来てくれた」に出会って、一挙に、その意味が分かった。キングス・カウンティ病院の囚人病棟は7割が麻薬常習犯でエイズ感染患者だ。社会で最も孤立し、忌避され、見捨てられがちだった人々だ。冒頭の聖句から、この病棟への回診こそが、家庭医の研修の中で最もハイライトの研修だったことに気づかされた。

 すべての経験には意味がある。このことに衣笠病院の創立の精神が教えてくれた。あのキングスカウンテイ病院の囚人病棟の体験が、ようやく腑に落ちた気がした。