エッセーの投稿

てれすこ


「てれすこ」と言う落語を久しぶりに聞いて、大学院時代の指導教官の藤田恒夫先生の口癖を思い出した。藤田先生は「ギリシャ語とラテン語の混用はいけない」と言っていた。医学用語にはギリシャ語由来とラテン語由来がある。この両者を混用してはいけないと言う教えだ。

 古代ギリシャではヒポクラテスやガレノスなどが医学の基礎を築いたから、解剖学や病理学の用語はギリシャ語が多い。一方で、ラテン語は中世ヨーロッパの学術言語だったから、法医学や処方、制度的な用語はラテン語が多い。これらをごっちゃにして結び付けてはいけないと言う諫めだ。

 たとえば胃内視鏡を意味するGastroscopyは「gastro-(胃)」と「-scopy(観察)」で、 どちらもギリシャ語由来で合格だ。Microscope(顕微鏡)も「micro-(小さい)」と「-scope(見る)」で、両方ともギリシャ語由来だ。これだったら問題ない。

 ところが、高血圧を意味するHypertensionは「hyper-」はギリシャ語で、「tension」はラテン語で混用だ。虫垂切除術のAppendectomyも「append-」はラテン語の「appendix(虫垂)」、「-ectomy」はギリシャ語で「切除」となり、ラテン語+ギリシャ語の組み合わせで混用だ。

 たしかに言語学的には「混用は避けるべき」という立場もある。けれど医学の世界では混用が定着しているから、あながち間違いとはされていない。

 この話のオチは落語の「てれすこ・すてれんきょう」の話だ。漁師が釣り上げた正体不明の魚の名前を知るために奉行所がその魚の魚拓をとって、名前を知る者に懸賞金を出すことにする。そこへ現れた男がその魚の名は「てれすこ」という。あまりに妙な名前に疑いの目を向けるが、否定もできず、しぶしぶ報奨金を支払う。後日、魚は干物にされ、形が変わった魚拓が再び掲示される。するとまた同じ男が現れ、「すてれんきょう」だと言う。奉行はついに怒り、お上を欺いた罪で死罪を言い渡す。

 しかし男は最後の願いとして妻子との面会を求め、妻にこう言う「この子が大きくなっても、イカを干したものを“スルメ”とは決して言わせるな」。奉行はその言葉にハッとし、「なるほど、干したら名前が変わるのは当たり前だ!」と気づき、男を無罪放免にすると落語だ。

 ちなみに「てれすこ」とは望遠鏡(telescope)、「すてれんきょう」とはSterren鏡(Sterrenはオランダ語で星)のこと。Telecopeはギリシャ語同士で混用はないが、Sterren鏡はオランダ語と日本語の混用だ。