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高原亮二さん


 高原さんがなくなって13年が経つ。いまだに高原さんの声が耳に残っている。

 高原亮治(1947–2013)さんは、厚生省の異能の医系技官だった。思想家で、瞬時に制度の本質をみぬく異才だった。同じ年代の長谷川敏彦さんによると「厚生省の最大の知性だ」と言っていた。医療の現場を愛し、亡くなったのは退官後に高知で訪問診療に出かける日の朝のことだった。朝、出迎えにきた方に「体調が悪い」と言ったのが最後だった。享年66才の若さだった。

 高原さんからいろいろなことを教わった。一度、DRGが技官の間で話題になり始めたころ、一瞬にして「患者の状態に対する支払い方式だ」と看破した。私などは「な~るほど」と腑に落ちた記憶がある。制度を構造的にとらえてその核心を見抜く力がすごかった。

 高原さんの業績は健康局長のころ第一次「健康日本21」を立ち上げたことだ。データに基づいてKPIを設定してその制度推進を勧めたのは、高原さんならではだった。高原さんのこうした構造的な思考はやはりテキサス大学で学んだ公衆衛生の素養がベースにあったのだろう。

 当時、疾病管理(デイジーズマネージメント)の考え方を広めたのも高原さんだ。著者などはすぐに飛びついた。著者にとってはデイジーズマネジメントが公衆衛生の入門になったくらいだ。

 また今はやりの医療DXのさきがけも高原さんだった。特定健診データベースによるKPIの設定やインセンテイブの在り方などまさに時代の先を走っていた。著者も医療DXはデータベースから入ったのも高原さんの教えからだ。

 とにかく高原亮治さんといえば博覧強記で、図抜けた洞察力と型破りの構想力で、いつも先頭を切っていた。団塊の世代のスーパースターの一人だ。

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