エッセーの投稿

インスパイアとエクスパイア


 旧約聖書の創世記2章7節に以下の記述がある。主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

 旧約聖書では命の息とはヘブライ語のruach(ルーアハ)で、風、霊、生命の息はすべて同じ語だ。新約聖書のギリシャ語では、pneuma(プネウマ)が、風、霊、息など空気の流れを意味している。イエスが弟子たちに息を吹きかけて「聖霊を受けよ」と言う場面(ヨハネ20:22)も良く引用される。

 これがラテン語になると息、呼吸はspiritusu(スピリトス)となる。スピリトスから、inspire(インスパイア)と言う言葉が派生する。インスパイアとは「霊(spirit)を内に吹き込む」という意味だ。このように聖書の世界では、神の霊(ruach 、pneuma、spiritusu)は「息」と同じ語で表現されている。

 このラテン語の「インスパイア」と言う言葉から「インスピレーション(inspiration)」と言う言葉が派生した。インスピレーションは今では「ひらめき」をいう意味になっているが、かつては神の啓示をも意味していた。

 さて若いときに麻酔の研修をうけた。そのとき全身麻酔のバック押しのコツを教わったことがある。吸気(inspire)と呼気(expire)の長さの比は1:3だという。つまりバッグを押して酸素を肺に送り込む吸気の時間と、バックを解放して呼気をさせる時間の比率が1:3と言うことだ。十分に息を吐き出す時間を確保しないと、次の吸気に移れないということだ。呼気の時間が短いと空気が十分に肺から空気ができらないうちに吸気で空気が入ってくる。するとエアー・トラッピングと言って、肺の中に空気が捉えられて、ガス交換がうまくいかない。肺の中を空っぽにしてからおもむろに吸気(インスパイア)に移るわけだ。

 祈りとは「呼気(エクスパイア)」のようなものだ。祈りは、神の吸気(インスパイア)に応えるもの。 神が「命の息」を吹き込んでくれた。そして 私たちの祈りは、その息を神に返す。まさにインスパイアで神から命を得て、エクスパイアで祈りを神に返すのだ。