
ニューヨーク市のブルックリンのクラークソン通りのキングスカウンテイ病院A13病棟。1980年代後半、ファミリープラクテイスの留学で訪れた病棟だ。いまだに病棟の名前を覚えているくらいだから、よっぽど印象に残ったのだろう。
留学中の経験の中でこの病棟のローテーションは忘れられない。A13病棟は囚人病棟なのだ。キングスカウンテイ病院は州立病院で、囚人病棟を抱えている。日本で言うと、県立病院に囚人病棟があるようなものだ。
最初にA13病棟に足を踏み入れたときのことはいまだにはっきりと覚えている。3重の鉄格子つきの重たいドアを押して入ると、病棟の入り口の前室に砂をためた鉄容器がおいてある。猫のおしっこ場のようだ。看守に聞くと「ときどき不発弾があるので、ここで拳銃の試射をするんだ」とのこと。確かに看守はみな拳銃を装着している。
病棟に入る前にオリエンテーションで注意されたことは、「囚人の7割は静注麻薬常習者(Intravenous Drug Abuser:IVDA)で多くはエイズだから、血液に注意するように」ということだ。レジデントと一緒に回診、そして点滴を入れて回った。
案の定、静注麻薬常習者の血管は麻薬の自己注射による静脈炎のためにゴチゴチだ。多くは消毒もしていないインスリン用注射器でヘロイン・コカインの回し打ちをするので、静脈炎をおこす。エイズに感染するのもこうした回し打ちが原因だ。このためニューヨーク市では当時、クリーンな麻薬静注用シリンジを麻薬常習者に無料で配っていたくらいだ。
静脈炎ぐらいならいいのだが、ときとして心内膜炎を起す。たいてい黄色ブドウ球菌による心内膜炎だ。ブルックリンの麻薬常習者で心雑音を聞いたら、細菌性心内膜炎とすぐ診断できるくらいに多い。
さて、問題の静脈炎でゴリゴリになった血管に点滴するのに必死になって工夫した。一度などは何度も失敗して囚人に殴られそうになったことがあるからだ。さて確実に注射をすることができるコツとは? みなさんお分かりでしょうか? 静注麻薬患者は自己注射でコカイン・ヘロインの静脈注射を行う。ということは自分では打てない静脈をさがせばいいのだ。つまり自分では打てない上腕の外側の静脈を探して打てばいいのだ。A13病棟での静脈注射で学んだことだ。
