
2022年9月に製薬企業のMSDが糖尿病薬のジャヌビアにニトロソアミンの一種のNTTPが検出されたと公表した。ニトロソアミンは発がん性物質である。以前、同じ糖尿病薬のメトフォルミンからもニトロソアミンが検出されたこともあった。糖尿病患者にジャヌビアやメトフォルミンは欠かせない。この先、ニトロソアミン問題はどうなるのだろう?
実はニトロソアミン問題は今に始まったわけではない。これまでのニトロソアミンの経緯を振り返ってみよう。まず事の発端はバルサルタン問題だった。中国の製造所で製造された降圧剤のバルサルタンの原薬から発がん性物質が2018年6月にスペインで検出され、欧州で製品回収が始まり世界的な問題となった。バルサルタンの原薬製造過程で、発がん性物質であるニトロソアミンの一種であるNDMAやNDEAが発生した事例である。このため国内でも2018年7月にあすか製薬は、バルサルタン錠「AA」の全ロットを対象に自主回収した。一方で、この問題はバルサルタンにとどまらず、欧米ではインドの製造所で製造されたイルベサルタンでもNDEAが検出されたことが公表され、オルメサルタン、ロサルタンなどのサルタン系の降圧剤に広く広がり世界的問題となった。
バルサルタンの製造過程でニトロソアミンが混入した原因は以下である。バルサルタンの製造において反応で余ったアジ化試薬の反応を停止する目的で亜硝酸ナトリウムを使用したところ、溶剤のジメチルホルムアルデヒドと反応し、NDMAが副生し、原薬に残留したためである。
このため厚労省は2018年11月に通知で、これまで先発医薬品にのみ適応されていた原薬の発がん性物質の管理ガイドラインICH-M7を後発医薬品にも適応することとした。これにより原薬のニトロソアミン管理値が「NDMA 0.0959 µg/日、NDEA0.0265 µg/日」以下に定められることになった。
しかし、事態はさらに広がる。2019年9月に胃潰瘍薬のラニチジン、ニザチジンにもニトロソアミンの混入が認められた。そのメカニズムは明確でないものの、原薬の分解によりNDMAが生成されることが示唆された。ラニチジン、ニザチジンはその分子構造の中にNDMAと類似構造を持っている。
また2019年12月にはシンガポール保健科学庁が糖尿病薬のメトフォルミンからNDMAが検出されたことを公表した。混入原因は明確ではないとしたうえで、「PFPアルミ箔の錠剤接触面の印刷インクに含まれるニトロセルローズ系樹脂由来物質が、原薬中のジメチルアミンと反応してNDMAが生成した可能性がある」としている。
さらに2021年6月ファイザーは禁煙補助薬のチャンピックスの特定ロットに有効成分のバレニクリンに由来するニトロソアミン(N-ニトロソバレニクリン)が検出されたと公表した。このようにニトロソアミン問題は、数多くの医薬品の中で広範囲に広がった。
ニトロソアミン問題がやっかいなのは、以上みたように原因となるニトロソアミンは一種類の化合物ではなく、多くの類似化合物が含まれていることだ。そしてその検出には超高感度の分析装置が必要だ。逆にこの問題はこうした高感度の検出技術の進歩によって明らかにされた側面もある。
さらにやっかないなのは、ニトロソアミンの前駆物質である窒素酸化物がいたるところにあることだ。空気中にもある。食品中にもある。ニトロソアミンが最初に問題になったのは加工食品だ。肉類を発色目的で加えた亜硝酸ナトリウムがニトロソアミンを生成することが分かって、加工肉が大問題となった。食品を言い出したら切りがない。焼き魚を漬物などと一緒に食べると、漬物の亜硝酸塩が焼き魚のアミンと結合してニトロソアミンを生成するという。
私などは焼き魚と白菜の漬物が大好きで毎日のように食べている。そしてサルタン系の降圧剤のロサルタンを毎朝、服用している。いつがんになってもおかしくない。