エッセーの投稿

パルスオキシメーター


 毎日の診察のなかでパルスオキシメーターは血圧計と同様、欠かせない。外来でも血圧や脈拍を計るのと同じように指先にパルスオキシメーターを当てて血中酸素飽和度を計るのは日常だ。

 このパルスオキシメーターは日本人の発明だ。ところが開発当初は日本ではまるで目向きもされなかった。これに目を止めたのが米国の麻酔医たちだ。こうして今日のパルスオキシメーターが花開く。

 パルスオキシメーターを発明したのは1970年代の初頭、日本光電の技術者で、新潟県生まれの青柳卓雄(あおやぎ たくお)氏だ。青柳氏がパルスオキシメーターの核心的な原理を見出した。そして世界初の商用のパルスオキシメーターが日本企業のミノルタ(現コニカミノルタ)により開発される。1974年、耳たぶ測定型のパルスオキシメータの基本特許が出願、1977年、ミノルタが 世界初の指先型パルスオキシメーターも開発する。しかし当初、日本国内ではまるで注目されなかった。

 ところが1980年代に入り、米国の医療機器メーカーのNellcor(ネルコア)の技術者が青柳の論文を発見し、「これこそ求めていた技術だ」と直感する。彼らは青柳の原理をもとに、臨床現場で使いやすいパルスオキシメーターを開発した。これにアメリカの麻酔科医たちが飛びつく。「これがあれば麻酔事故が劇的に減る」と確信して一気に普及させた。特に有名なのは1986年、アメリカ麻酔科学会(ASA)の安全基準に「麻酔中はパルスオキシメーターを必須とする」 という安全ガイドラインを採用したことだ。これが世界的普及の決定打になる。

 この背景には1980年代の米国の医療訴訟事情が関係している。当時の米国では麻酔事故に関する訴訟が多く、「麻酔の安全を可視化するモニター」が強く求められていた。このニーズにパルスオキシメーターがピッタリとはまった。そしてNellcor(ネルコア)は開発と同時に、麻酔医を対象としたマーケティングと臨床研究を組み合わせで、パルスオキシメーターの世界市場を席巻した。

 こうして当初、日本市場では全く見向きもされなかったパルスオキシメーターが米国でヒットして、日本にも逆輸入されることになった。

 日本の医療技術のなかにもこうした埋もれたヒット商品がまだまだあるのかもしれない。