
2000年ごろに厚労省の医療安全推進室から頼まれて、ヒヤリ・ハット収集事業のお手伝いをしたことがある。全国の病院からヒヤリ・ハット報告を集めて分析し報告する事業だ。ヒヤリ・ハットとはハインリッヒの法則から死亡に至る事故1件の陰にはヒヤリ・ハット体験が300件あるということから収集が始まった。
まずヒヤリ・ハット報告を収集してみて分かったのは、「転倒・転落」、「医薬品」、「チューブ・ドレーン」が3大ヒヤリ・ハットだということだ。そしてもう一つ分かったことはヒヤリ・ハットは男性患者に多くて、女性患者に少ないということだ。入院の男性患者と女性患者の間では、男性患者が1000件ほどの女性患者より多い(図)。
入院患者は女性の方が多いので、不思議に思った。それも年代で見ると、若い人は男女ほぼ同じだ。しかし50代以上になると男性が多くなり、女性が少なくなる。
この男女差は先の3大ヒヤリハットのいずれにも男性の方が多かった。具体例を見ていこう。転倒・転落は病室のトイレ回りで多い。理由はおそらく男性のプライドと体力に対する過信だ。このため必要があってもなかなかトイレ介助を看護師に頼めない。一方、50代以上の女性は構わずナースコールを押して、トイレ介助を看護師に頼む。看護師は女性が多いので女性同士頼みやすいのかもしれない。このため男性は介助なしで一人でベッドから起き上がってトイレに行く途中や、トイレ中で転ぶ。これは孫の幼稚園で父母参加の徒競走を見ていて分かった。転倒するのはいつもお父さんだ。いいところを見せようとして転ぶ。
医薬品の間違いに男性患者は気づかない。一方、50歳以上の女性はちょっとした薬の違いにすぐ気づいて看護師に言う。これで薬の取り違えを事前防止している。これはうちの家内を見ていても良くわかる。スーパーのレジ打ちをしっかり見ていて間違いがないかチェックしている。男はそもそもそんな細かいチェックなどしていない。
チューブ・ドレーンのヒヤリ・ハットは自己抜去が多い。とくにICUでせん妄を起こして点滴や尿道カテーテルを抜去するのは決まって男性だ。男は拘禁状態に弱い。すぐにせん妄を起こす。第二次世界大戦のときドイツ軍の空爆を受けたロンドンでは、地下鉄が防空壕に使われていた。爆撃を受けて真っ暗な地下鉄の駅に逃げ込んで、不穏になって最初に異常行動を起こすのは男性だったという。
男は見栄っ張りでプライが高く、不注意で、ストレスに弱いので医療安全上は極めてハイリスクなのだ。「弱きもの汝の名は男なり」だ。