
皮膚科疾患が苦手だ。発疹一つとってみても診断が難しい。つい「皮膚科に行ってください」と外来で言ってしまう。このような私でも得意な皮膚疾患が蜂窩織炎と帯状疱疹だ。
蜂窩織炎は昔は丹毒といった。皮膚が赤い色に染まるからだ。志賀直哉の暗夜行路に出てくる。赤子が丹毒で亡くなる話だ。その時の老医者の診察方法が皮膚科疾患を見るときのお手本となる。以下、引用しよう。
医者は近寄って、胸から腹、咽(のど)、それから足まで叮嚀に調べ、二つ三つ打診をしてから、自身で臍(へそ)の緒の繃帯(ほうたい)を解き、大きな年寄らしい手で下腹を押して見た。赤児は火のつくように泣いた。
医者は叮嚀に背中を調べた。そして尻から一寸ばかり上に拇指(おやゆび)の腹ほどの赤い所を見附けると、なお注意深く其所(そこ)を見ていたが、やがてこごんだまま、顔だけ謙作の方へ向け、
「これです」といった。
「何ですか」
「丹毒(たんどく)です」
このようにして老医師は身体を隅から隅まで丹念に調べて、背中に丹毒を発見する。
実はこれは帯状疱疹の診察でもいえる。3日前に外来で上腹部痛で来院した患者がまたやってきた。「痛みが止まりません」という。電子カルテをみると前に診察した医者が、あれこれ検査している。血液検査をして腹部CTまで撮っている。結局原因が分からず鎮痛剤が処方され患者は帰された。
そこで暗夜行路の医者を思い出して、背中を見てみた。なんと帯状疱疹だった。3日前はまだ発疹ができ始めで気づかなかったのだろう。しかし今見れば立派な帯状疱疹だ。帯状疱疹は神経の走行に沿って痛みが広がる。このため背中の帯状疱疹が腹の神経を刺激して腹痛となって現れたのだ。
それ以来、腹痛で来院した患者は背中まで必ず見ることにしている。