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医学用語


 医学用語にはドイツ語が多い。カルテ、アナムネ(既往歴)、ステルベン(死亡)、アストマ(喘息)、カテーテル、プシコ(精神病患者)など、手術器具の名前もドイツ語だ。コッヘル、ペアン、メッツェンなど。

 ドイツ語が多い理由は以下だ。日本は明治維新のとき、西洋の知識や技術を積極的に取り入れた。その際、医学の導入についてはイギリス、フランス、アメリカなど複数の選択肢があった。しかし最終的に明治政府はドイツ医学を選択する。これは、明治政府が当時、隆盛を極めていたプロイセン(現在のドイツ)の影響を受けて、軍事や行政のモデルをプロイセンとしたことが大きい。このため森鴎外(のちの陸軍医務総監)もドイツに留学する。

 著者が医学部の学生だった1960年代末から1970年代初頭でも、第二外国語がドイツ語だった。また医学部の教授たちもドイツ語を使っていた。根拠のある事象の積み重ねで考えてゆく思考過程のことをドイツ語で「ゲダンケンガング(Gedankengang)」と言っていた。いまでいうEBMだ。

 患者を診察するときに使う言葉もドイツ語だ。主訴はハウプトクラーゲ、痛みはシュメルツエン、圧痛はドリュックシュメルツエンと言っていた。それが急に英語に代わりだしたのが、医学部を卒業した1970年代の半ばころだ。米国留学から帰ってきた循環器や脳外の医者が英語を使うようになった。すると急に主訴がチーフコンプレインに、圧痛がテンダネスになった。なんかドイツ語のほうが漢文調で「カッコよかったのにな~!」と思った。

 でもドイツ語も役に立つこともあった。1980年代後半にニューヨークに病院留学したとき、ドイツからの留学生と片言のドイツ語で話せた。彼の口癖は「ドイツと日本は歴史的な友達だからな!」だった。また後年、ドイツの病院見学したときにも医師たちが話すドイツ語がわずかだが自分でも聞き取れてびっくりした。

 そして現在、医学用語では英語が氾濫している。そして困るのは略語の氾濫だ。他の診療科の略語がまるでわからない。電子カルテの返書で略語が出てくるたびにスマフォで検索している。先日、親しくしている開業医の先生から質問があった。「13PHってなんだ?」。泌尿器の医者が書いた手書きの紹介状をみて分かった。BPH(前立腺肥大症:benign prostatic hypertrophy)のことだった。手書きのBの文字が13と読めたのだ。

ちゃんと日本語で書いて欲しい

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