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後医は名医


後医は名医」とは、先に診察した医師よりも後から診察した医師のほうが正確な診断や適切な治療を行えるという意味の業界ことわざだ。これは、後から診察する医師が過去の診断情報の結果を参考にできるため、より的確な判断がしやすくなるということに由来している。

 先日も衣笠病院の外来で、胸部レントゲンで腫瘤陰影を近所の医師から指摘されて、外来に来られた女性がいた。衣笠病院の健診センターで毎年、胸部レントゲンを撮っていたというので、電子カルテで過去の胸部レントゲンと見比べてみた。確かに一昨年の胸部レントゲンに、そう思えばそれらしき影がある。でもその時に立ち返って考えると、その時点では精密検査に回すことはないと思った。レントゲン撮影は立体構造を平面に投影した画像だ。このため前後の位置関係から合成像といって実際にはない腫瘤影が見えることがある。障子の影絵でキツネが見えるようなものだ。しかし今回の場合はCT画像で見たところやはり腫瘤影だった。これなどはまさに後医は名医の典型だ。

 医療に限らず、他の分野でも「後から判断できる立場のほうが有利」になることがいくらでもある。それは「後知恵」というものだ。結果が分かってから振り返れば「こうすればよかった」という事はいくらでも言える。その時点に立ち戻って、不確実な状況に身を置いて見れば、その時の判断が必ずしも間違えとも言えない場合が多い。しかも人には「後知恵バイアス」がある。ある出来事が起こった後に「最初から結果は予測できていた」と考えてしまう心理傾向が人にはある。後知恵バイアスが後医は名医を生み出す。後知恵バイアスを極力避けて、前医を振り返ることが大事だ。

 だが医療では後知恵も大事だ。無数の後知恵を体系化したのが医学・医療ともいえるからだ。

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