エッセーの投稿

心臓カテーテル


 心臓カテーテルの手技がますます高度になっている。診断用心カテから各種インターベンション・カテ、薬剤ステントさらには高周波アブレーションまでと、最近の心カテ技術の進歩とともに、ますます高度で複雑になっている。このように、いまでは日本では当たり前のように行われているこの心臓カテーテル法だが、この手技は今から95年近く前のドイツの若い外科の医者の手によって開発された。最初に心臓カテーテル法を開発したのは当時まだベルリン大学の医学部を卒業したばかりのウェルナー・フォルスマン(Werner Forsmann 1904-1979)だ。

 1929年春、25歳の若きフォルスマンは自分を実験台にして心臓カテーテルを世界で初めて行った。フォルスマンは自分の右腕の肘静脈から、尿道カテーテルを静脈内に65センチも自分で挿入した。そして挿入後に、地下の放射線科へかけこんで透視下でカテーテル先端が右房に達していることを確認した。いやはや若いとはいえなんとも無謀で大胆なことか!

 その後、彼は造影剤を注入して心臓血管造影法の成功をおさめる。さらに慧眼なことに、彼はカテーテルを用いて心臓内部の心電図を記録しようと試みた。しかしこれが当時のドイツの心臓病学の権威ヒス教授の反対にあい、この試みは挫折してしまう。このためフォルスマンは当時のドイツ医学会では受け入れられず、失望のうちに心カテの研究から離れる。そしてその後の彼は、一介の外科・泌尿器科の臨床医として生涯を送ることになる。

 しかしフォルスマンの開発した心臓カテーテル法は、彼の最初の大胆な試みから10年余を経た1941年、米国のクールナンとリチャーズによって再評価され、臨床に応用されることになる。この「心臓カテーテル法の開発」により、1956年フォルスマンは、クールナン、リチャーズと共にノーベル医学生理学賞の受賞者となる。

 さて、1970年の中頃、私が医学部の学生のときドイツを旅行していたとき、このフォルスマンのご子息にたまたまハイデルベルグ大学で会ったことがある。彼も医者で、当時ハイデルベルグ大学の医学部長をしていた。息子フォルスマンは当時、新進気鋭の消化管ホルモンの研究者としても有名であり、サッカー好きで、冗談好きの男だった。その彼に「お父さんは心臓カテーテルのノーベル賞受賞者ですよね?」と聞くと、ただ一言「俺はあんなふうにはなりたくない」とぶっきらぼうに答えた。父親と息子の間に何かあったか知れないが、ノーベル賞受賞者でもその息子の評価はそんなものかもしれないと思った。