エッセーの投稿

患者クレーム


 長野の地方都市の国立病院にいたころ、医療安全の一環で患者クレームを担当していたことがある。患者さんのクレームは様々だ。医師や看護師に対するクレームには「なるほど、もっとだ」と思うこともあるが、中にはヘンなクレームもある。

 あるとき市長の友人だと言う方が来られて、看護師や受付窓口の事務の対応で意見があるという。聞くと入院した折に感じたことがいくつかあると言う。お話をお聞きするとなるほどと思い、「ご意見ありがとうございます。こちらで検討してお返事します」と言ってお帰りいただいた。すると数日を置かずまた病院に来訪された。こんどは病院の施設設備についていろいろ意見を述べられ、「市長にもよく言っておく」と言われて帰られた。しかし数日を経ずまた来訪された。「いや~熱心な方だな~!」と思っていたところ、近くの精神科病院の院長から電話があった。「いや~!すまんすまん。躁病の患者でリチウムの血中濃度が下がっていて、迷惑をかけた」と言う。「躁状態になると、いろいろクレームをつけまっくて、あちこちを回る」のだという。

 こんなこともあった。車で家族旅行していたところ追突されて、病院の救急外来を訪れた家族の話だ。母親が娘がむち打ちになったという。そしてその検査のため救急外来でレントゲンを撮った際に「放射線技師に娘がセクハラをされた」と訴える。「事故の被害者なのに何でこんな目に合わせられなければならないのだ」と外来で大騒ぎをした。しばらくすると保険会社から電話が入った。「その家族は保険会社のブラックリストに載っている有名な当たり屋一家だという。保険会社が対応しますので、そのまま待たしておいてください」と言う。

 怖い思いもした。「薬だけもらいに行ったのに、明細書をみたら特定疾患指導料が取られている。診察もしないのにどういうことだ。説明にこい」と言う。医事課の若い係員と一緒に自宅までいった。でも自宅の玄関わきに怖そうなドーベルマンがケージに入っていて睨んでいる。通された応接間の床の間には日本刀が飾ってある。出てきたご当主はいかにもその筋の人だ。ただ平謝り謝って早々に退散した。何を話したのかも覚えてもいない。覚えているのは真っ黒なドーベルマンと日本刀だけだ。

 

エッセーの更新履歴

最新10件