エッセーの投稿

精神科病床と身体拘束


     ケリー・サペジさんの死を報じるニュージーランドの新聞

 日本の精神病床数は35万床、先進各国の中で断とつ1位だ。世界の精神病床の2割が日本に集まっているという。しかしかつて1960年代、日本の精神病床は人口千人当たり1床程度と少なく、先進各国の4分の1程度だった。しかし1970年代に先進各国は精神科病床改革を果敢に進める。精神科病床を減らし、患者の地域移行を促した。

 だが日本はその流れに逆行して精神病床を増やす。その理由は1964年のライシャワー事件だ。親日家の米国駐日大使ライシャワーが、統合失調症の青年に刺されて重症を負う。この事件をきっかけにメデイアも「精神病患者を野放しにするな」とキャンペーンを張り、国も「精神科特例」で、少ない医師、看護師数でも精神科病院を開設できるようにした。このため各国が精神科病床を減らす中、唯一日本だけが増やし、いまでは日本の世界一の精神科病床大国だ。同時に精神科病院の平均在院日数も200日超でこれも世界一だ。

 そして日本では精神科病床の身体拘束も世界一だ。少ない職員数と長い在院日数の中で、身体拘束が日本中でまん延している。杏林大学の長谷川利夫教授らの国際共同研究では、精神科の身体拘束の人口あたりの頻度を国際比較している。それによれば日本の精神科における身体拘束の頻度は、オーストラリアの約599倍、米国の約266倍、ニュージーランドの2000倍以上という。身体拘束の頻度でも日本は世界1だ。

 このような日本でケリー・サペジ事件が起きる。2017年5月、ニュージーランド人の英語教員のケリー・サベジさんが神奈川県内の精神科病院で亡くなった。当時27歳だったサペジさんは英語教員として鹿児島で働いていた。このケリーさんが神奈川県の精神科病院でベッドに両手足首と腰を約240時間拘束された結果、心肺停止状態になり、緊急搬送先の病院で亡くなった。

 サペジさんは高校生の時に躁うつ病を発症し入院も経験したが、ニュージーランドの病院では身体拘束をされたことはなかった。ケリーさんは今回も看護師や医師に対し暴力的な行動に及んだり、入院についての反抗的な対応をしたりすることはなかったという。それにも関わらず、日本では10日間にわたり病室の外から鍵をかけられ、ベッドに拘束された。このサペジさんの死について、地元のニュージーランドでは大きく新聞に取り上げられた(図)。

 日本では1988年に定められた「精神保健福祉法」第36条で、身体拘束は精神保健指定医が必要と認める場合に限るとしている。しかしこの身体拘束が2003年のころは年間3千件だったものが、2013年には1万3千件と大幅にふえている。

 こうした中、2023年7月に東京新聞は日本精神科病院協会の山崎学会長に直撃インタビューを行った。その記事によれば、山崎会長は以下のように述べている。「身体拘束、なぜ心が痛むの?」「地域で(精神科患者を)見守る?あんたできんの?」。いやはやなんとも開き治ったお言葉だ。

 でもこうした山崎会長の言葉に現れているように、日本の精神科病院の経営者には地域の平和と安寧を守っているという自負がある。一度、東京都清瀬市にある単科の精神科病院を見学した。その時の院長の言葉が印象的だった。「見て下さい、この平穏な院内を。施設の中で患者は平穏、おかげで家族も平穏、地域も平穏です。三方良しを私たちは担っているのです」。この言葉に「なるほど」とつい頷いてしまった。

 1964年のライシャワー事件から日本の精神科病院はまるで変っていない。