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谷戸(やと)


 谷戸(やと)とは、丘陵地が沢で浸食されてできた谷状の地形のことだ。ちょうど手のひらを広げたときに指と指の間にできる三角の切れ込みのような地形だ。谷は丘陵にぶつかって行き止まる。三浦半島を背骨のように貫く三浦丘陵にはこの谷戸が数多くある。横須賀にはこの谷戸が79もある。

 この谷戸が、横須賀が軍港と発展した明治初期に軍港関係者が移り住むために開発された。軍港には軍関係者ばかりでなく、造船に関係した多くの労働者が集まった。このため、谷戸の谷底から丘陵の峰まで所せましと住宅が立ち並ぶようになった。

 このため横須賀には谷戸に沿って長い階段や細い路地が入り組み、中には200段の階段が続くところもある(写真)。また谷戸と谷戸を結ぶため丘陵のいたるところにトンネルが掘られていて複雑な狭い道路が続いている。

 衣笠病院の外来で患者さんに聞くと、病院の近くにある旧衣笠城のある衣笠山の近くに住む患者さんは衣笠病院まで通うのに100段の階段を下りてくるという。また衣笠病院から患者さんのお宅への訪問診療も大変だ。軽自動車で一方通行の細い道を駆け上がって、患者さんのお宅前の階段わきにやっと駐車スペースを見つけて車を止める。そして看護師さんと40段の階段を上がって患者さんの家に行くことなどもざらだ。夏の暑いときは峰の頂上に出ると汗が噴き出してくる。

 この三浦丘陵は三浦半島を貫いて鎌倉を通り北端は横浜の港南区まで続く。港南区の港南台の自宅近くにこの三浦丘陵の北端の山の円海山がある。円海山にも谷戸が入り組んでいる。この付近は自然保護区なので、谷戸が昔のまま残っている。谷戸の行き止まりには瀬上池というため池があり、そこから谷戸の田んぼへ沢が流れている。瀬上沢は夏は蛍の住処で、カワセミが魚を取っている。円海山の谷戸を散歩するたびに横須賀の谷戸の江戸時代の原風景を体験することができる。

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