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鳥のまち港南台


 横浜の港南台に住んでいる。港南台の家はもともと父が開発間もない港南台に川﨑から移り住んで建てた家だ。すでに築50年以上になる。港南台は1970年代初めに横浜市住宅供給公社が開発した。1973年にはお隣の洋光台まで来ていた根岸線が大船までつながり港南台駅ができた。こうして洋光台、港南台、本郷台の3駅ができる。この3つの駅は駅名に台が付くので根岸線のだんご三兄弟ともいわれている。

 港南台は三浦半島の背骨の三浦丘陵の北端に位置している。港南台はこの北端の低山である円海山(標高153メートル)の北斜面を切り崩して開発された。円海山からは富士山が良く見える(写真)。円海山一体は自然保護区になっているので、鳥やリスの住処だ。おかげで港南台にも鳥が多い。このため港南台は「鳥のまち」とも言われている。

 港南台では鳥のまちらしく団地が鳥の名前のシリーズになっている。かもめ、ひばり、めじろ、つぐみ、こまどり、うぐいす、せきれい、しらさぎ、おおるりなどの団地名がある。賃貸が海鳥、分譲が山鳥の名前になっているという凝りようだ。港南台の駅前の街路樹には大量のつぐみが巣を作っていて夕方になると大騒ぎになる。

 家でも朝になるとおしゃべり鳥の鳴き声で目が覚める。一度、家の屋根裏にモズが住み着いて巣をつくりにぎやかだったことがある。円海山を駆け回っている台湾リスもときどき港南台の街中に降りてきて街路樹を駆け回っている。

 さて港南台も開発されて50年以上、最初に引っ越してきた住民も高齢化している。著者のような2世代目もいる。いつも行っている近くの床屋さんは親父さんのころからの付き合いだ。今では息子さんの代になっている。親父さんは80歳を過ぎてその健康相談にも乗っている。

 一度、日本共産党の小池晃さん(医師)と対談で一緒になった。このとき小池さんも港南台に住んでいたことがあると言っていた。やはりお父さんが港南台に家を建てた2代目だという。最近は我が家の近所に新住民も引っ越して来るようになった。子供たちの声も聞こえる町になった。港南台もすこしづつ世代交代しているようだ。

 

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