
横須賀の衣笠病院で週2回外来を担当している。初診患者を担当しているので、さまざまな患者さんと出会う。中でも印象的なのは黄疸(おうだん)の患者さんだ。皮膚の色が黄色くなるあの黄疸だ。黄疸は英語ではジョーンダイス(jaundice)と言う。フランス語の黄色のジョンヌ(jaune)から来た言葉だ。
医学部では黄疸を見分けるのは「目を見ろ」と教わる。目の白目のところが黄色ければ黄疸と教わる。でも日本ではほとんどおなかを見て黄疸と診断する。おなかの皮膚の色が明るい黄色からやや緑がかった黄色に染まっているので、すぐ黄疸と分かる。ただ1980年代の後半、ブルックリンの州立大学病院に留学していたときには、白目で黄疸を診断する意味がようやく分かった。理由は患者さんに黒人が多いからだ。さすがに日本人には黒人の皮膚から黄疸を見分けるのは難しい。ただ米国の医師たちは黒人の皮膚からでもわかるという。黒人の黄疸は、皮膚が「黄色みがかった黒だ」という。とても日本人の我々には分からない。また黒人の貧血も見分けられるという。黒人の貧血の患者の皮膚は「青みがかった黒だ」という。でもそんな白人の医師の彼らは「アジア人の黄疸を見分けるが難しい。どうやって見分けるのだ?」と私に聞いてくる。
さて黄疸の色はビリルビンとビリベルジンと言う色素が血中に増えるからだ。ビリルビンは明るい黄色、ビリベルジンはやや緑がかった黄色だ。この色素は肝臓で血色素のヘモグロビンが代謝されて作られる。そして胆汁として胆管から十二指腸に排泄される。便の色が黄色なのはこの色素のせいだ。このため胆管を胆石がふさいだり、がんができて胆管が閉塞するとビリルビンやビリベルジンが血液に逆流して皮膚がみかん色になる。
先日も80歳台の高齢女性で2週間前から食欲がなくなり、皮膚がかゆくなり、お小水の色が濃くなったという患者さんが来院された。おなかを見たら鮮やかなみかん色だ。一緒に来たご主人が「みかんの食べ過ぎでは?」と言っていた。結局この方は胆道がんだった。
また一度、中年女性でやや緑がかった黄色い皮膚を見たことがある。「あれいつもの明るい黄色の色とちょっと違うな?」と思った。新鮮なレモンの皮の黄緑色だ。結局この女性は比較的珍しい自己免疫性の肝炎による黄疸だった。
日本人にとっては黄疸を見分けるのは簡単だ。米国人が黒人の黄疸を見分けるのが出来るのと同じだ。何事もその土地その土地での医者の経験の積み重ねだ。新潟の大学の医学部で教わった神経内科の椿先生は患者の舌が緑色がかっていることを見て、新潟水俣病を発見した。医者には色彩に対する鋭敏さが欠かせない。