
朝の礼拝で、いつもスヌーピーを例に持ち出すお方がいる。その方が昨日はこんなスヌーピーの言葉を引用した。
ルーシーが言う「時々、あなたが犬なんかでいられるのが不思議だわ」
スヌーピーが答える、「配られたカードで勝負するしかないのさ……それがどういう意味であれ。」
人生はポーカーのようなものだ。配られた手札で勝負しなければならない。配られた手札には当たりはずれが多い。犬に生まれたスヌーピーは犬であるしか選択の余地はない。生まれ、環境、才能、時代。これはまさに「配られたカード」だ。たしかに不公平に見えることもあるけれど、人生ゲームはそこから始まる。
しかし手持ちの札でどうプレイするかは自分で決められる。同じ手札でも、強気に出る人もいれば、慎重に構える人もいる。 つまり「戦略」の選択は自分の自由だ。そこにこそ人間の創造性や自由意思が宿る。
またポーカーは運と実力の絶妙な混ざり合いのゲームだ。ポーカーは運だけでも勝てないし、実力だけでも勝てない。人生も同じで、努力と偶然が絡み合って結果が生まれる。
またゲームから降りる勇気も必要だ。無理に勝負しないことが、長い目で見れば最善になることもある。ゲームから降りることもまた、立派な選択だ。
人生の面白さは、配られた手札そのものよりも、その手札をどのような物語に変えていくかにある。弱いカードでも、読みと駆け引きで勝ちを拾う人がいる。強いカードを持ちながら、慎重すぎて勝機を逃す人もいる。
つまり、 人生は「手札の強さ」より「プレイの仕方」と「気持ち」で決まる部分が大きい。あなたは今、どんな手札を持っているのだろうか? そして、そのカードをどう使って物語を作って行くのだろうか?ポーカーはまさに人生そのものだ。
スヌーピーの言葉はなかなか哲学的だ。
